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3257号 2023年1月22日

今週の一冊『ハッピークラシー ―「幸せ」願望に支配される日常』

(本日のお話 2770字/読了時間3分)

■こんにちは。紀藤です。

さて、早速ですが本日のお話です。

毎週日曜日は
お勧めの一冊をご紹介する
「今週の一冊」のコーナー。

今週の一冊は、

=========================

『ハッピークラシー ―「幸せ」願望に支配される日常』

エドガー・カバナス (著), エヴァ・イルーズ (著), 山田陽子 (著), 高里ひろ (翻訳)
みずす書房


=========================

です。

それではまいりましょう!

■「ポジティブ心理学」、

という研究分野があります。

別名”幸せ科学”とも言われます。

1990年代から世界各国で注目され、
多数の研究がされてきました。

そして、

”国民幸福度指数”とか

”世界幸福度指数”
(World Happiness Report)

というように、

国連も含めた社会的な指標にもなり、
近年ますます注目を集めるようにもなりました。

■そして、

組織においてもその潮流は
浸透してきています。

例えば、

「従業員のウェルビーイング」

もそうです。

業績や生産性だけではなく、
従業員の幸福に取り組むことが、
組織を持続させる上でも重要である、

そんな考えが広まり、
産業界でもその勢いは増しています。

そして、付随するサービスも増え、
その勢いは留まることを知らないようにも
見えます。

■、、、がしかし、です。

本当にこの

「ポジティブ心理学」とは
信頼に値するものなのだろうか?

「幸せ」を科学することで、
大切なものを見えなくしてはいないだろうか?

という疑問も湧きます。

光あるところには影あり、です。

そんな中で、
今回ご紹介の書籍は、

スペインの心理学者と
社会学・人類学者の2名の研究者が

”ポジティブ心理学の影”

に鋭く切り込んだ一冊になっています。

■さて、では
どのようなことが書かれているのでしょうか。

大まかな内容としては
以下のようなお話です。

**

・1990年代の終りに登場した「ポジティブ心理学」は
「幸せ」を「誰もが追求する目的、測定可能な概念」とみなした。

・「幸せの科学」は一般の人々が、
ウェルビーイング、生きがい、自己実現を手に入れるための科学であろうとした。

・ポジティブ心理学は「幸せの経済学」として、
国連や米ギャラップの共同調査である「世界幸福度報告」とも連動した。

・このことにより、幸福で充実した生活を送ることは「自明の善」であり、
幸せは一つの指標とみなされるようになった。

**

このようにポジティブ心理学は
市民権を得ていったという事実を
前半で記していきます。

一方、この流れによって

”重要な問題が見えなくなる
あるいはすり替えられる”

と述べます。

たとえば以下のような問題です。

**

○政治的・経済的問題を見えなくする

・しかし、ポジティブ心理学は
慎重な討議が必要な政治的・経済的問題について、
技術的な次元で解決可能な課題であるかのように見せてしまう。

○幸せな人生を個人に紐づけすぎる

・また「幸せ」と個人主義を強固に結びつけた。
幸せな人生を送れないのは当人の努力不足であり、
幸せになるためのスキルや能力が低いせいであると思わせた。

○組織の不確実性を労働者に肩代わりさせる

・心理的資本と言われる”柔軟さ”や”レジリエンス”は
組織の不確実性という重荷を(解雇のリスクからの立ち直りなど)、
労働者に肩代わりさせるのに役立つようになった

**

などです。

(他にもありますが、
私が特徴的だと感じたところを記載しています)

■著者の両名は、

学術的背景もその分野について
多くの研究もされている
著名な研究者であるようです。

そして、

「ポジティブ心理学がもたらした
プラスの側面については心から認める」

と語ります。

ただし、とはいうものの
書籍ではこのタイトル通り

「ポジティブ心理学、どうなのよ?」

という立場を取っています。

そして他にも、

・社会科学は
イデオロギーや経済の影響を受けることはあるものの、
ポジティブ心理学はあからさますぎる

・そしてその利権により、
ポジティブ心理学に関わる人にカネが流れていっている

・ポジティブ心理学の領域では、
「幸せの科学を信じたい」と思う人が多すぎる・強すぎる
安易に「測定できる幸せ」に皆が依存しているようにみえる

・それにより、本当に取り組むべき課題
(政治的・経済的課題、組織の課題)をごまかしている

・あるいは「幸せ」=「善」と問題を単純化している

というような疑問を呈しているのでした。

■著者は結論として
このように述べています。

”(われわれを制御しようとしている幸せ産業は)

みずからの存在を形づくる状況を把握する
われわれの力を鈍らせ、混乱させるだけでなく、
その意義を失わせる。

幸せではなく、知識と正義こそ、
今後も我々の生活の革新的な道徳的目的であり続ける”
(p,206)

、、、と。

「幸せ」ではなく「知識と正義」、
個々に我々が依って立つべきである、と。

■著者の見解は完全に

ポジティブ心理学について
批判的な立場に立って述べていますが

「なるほど、、、
そういう見方があるのか」

と納得できることも多いにあります。

特に、

”ポジティブ心理学に傾倒しすぎること”

は問題を見えなくすることは
とても理解できます。

ポジティブ心理学も
ある側面からのアプローチでしかない。

それが本当に優先的に
ポジティブ心理学の側面から取り組む課題かどうかは
見極める必要があります。

■例えば、

”組織のビジネスモデル”が問題で
皆が疲弊して辞めている。

なのに、

「従業員の心理的資本(レジリエンス)が
足りないからだ」

となっては、本質的な問題から
目をそらす事になってしまいます。

あるいは本当は給与相場が
競合他社と比べて明らかに低い、とか

あるいは職務設計で
自律的に仕事ができないことが
辞める問題であるのに、

「従業員のウェルビーイングが問題だ」

となっては、
やはり本質的な解決になりません。

しかしながら、

そうした「勢いがある」とは

そうした本質的な問題を
飲み込んでしまう勢いがあるということであり、

その危険性をポジティブ心理学は
内包していることを関連する人々は
忘れないようにしなければなりません。

、、、そんなことを
この本を読みながら思わされました。

■私(紀藤)自身は

ポジティブ心理学は役に立つし、
とても大切な考えである、
と思っている側の人間です。

実際、それによって
自分が生きやすくなっております。

一方、人は信じたいものだけを見聞きし、
そしてその確信を深めてしまうこともあります。
それを自分でも理解しています。

”知性とは、
「自分が見たい視点」だけではなく
「反対側からの視点」も見た上で対話ができること”

などと聞いたこともありますので、

どちらの側面も知った上で
概念を適切に扱えるようになっていきたい、

そんなことを思いつつ、

この書籍の内容を
心の一部分で受け入れがたさを感じつつ
読み進めておりました。

ポジティブ心理学、最高!

と思っている(私のような)方にこそ、
あえてお勧めしたい一冊とも
感じた次第でございます。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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<今週の一冊>

『ハッピークラシー ―「幸せ」願望に支配される日常』

エドガー・カバナス (著), エヴァ・イルーズ (著), 山田陽子 (著), 高里ひろ (翻訳)
みずす書房


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