今週の一冊『ハッピークラシー ―「幸せ」願望に支配される日常』
(本日のお話 2770字/読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。
さて、早速ですが本日のお話です。
毎週日曜日は
お勧めの一冊をご紹介する
「今週の一冊」のコーナー。
今週の一冊は、
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『ハッピークラシー ―「幸せ」願望に支配される日常』
エドガー・カバナス (著), エヴァ・イルーズ (著), 山田陽子 (著), 高里ひろ (翻訳)
みずす書房
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です。
それではまいりましょう!
■「ポジティブ心理学」、
という研究分野があります。
別名”幸せ科学”とも言われます。
1990年代から世界各国で注目され、
多数の研究がされてきました。
そして、
”国民幸福度指数”とか
”世界幸福度指数”
(World Happiness Report)
というように、
国連も含めた社会的な指標にもなり、
近年ますます注目を集めるようにもなりました。
■そして、
組織においてもその潮流は
浸透してきています。
例えば、
「従業員のウェルビーイング」
もそうです。
業績や生産性だけではなく、
従業員の幸福に取り組むことが、
組織を持続させる上でも重要である、
そんな考えが広まり、
産業界でもその勢いは増しています。
そして、付随するサービスも増え、
その勢いは留まることを知らないようにも
見えます。
■、、、がしかし、です。
本当にこの
「ポジティブ心理学」とは
信頼に値するものなのだろうか?
「幸せ」を科学することで、
大切なものを見えなくしてはいないだろうか?
という疑問も湧きます。
光あるところには影あり、です。
そんな中で、
今回ご紹介の書籍は、
スペインの心理学者と
社会学・人類学者の2名の研究者が
”ポジティブ心理学の影”
に鋭く切り込んだ一冊になっています。
■さて、では
どのようなことが書かれているのでしょうか。
大まかな内容としては
以下のようなお話です。
**
・1990年代の終りに登場した「ポジティブ心理学」は
「幸せ」を「誰もが追求する目的、測定可能な概念」とみなした。
・「幸せの科学」は一般の人々が、
ウェルビーイング、生きがい、自己実現を手に入れるための科学であろうとした。
・ポジティブ心理学は「幸せの経済学」として、
国連や米ギャラップの共同調査である「世界幸福度報告」とも連動した。
・このことにより、幸福で充実した生活を送ることは「自明の善」であり、
幸せは一つの指標とみなされるようになった。
**
このようにポジティブ心理学は
市民権を得ていったという事実を
前半で記していきます。
一方、この流れによって
”重要な問題が見えなくなる
あるいはすり替えられる”
と述べます。
たとえば以下のような問題です。
**
○政治的・経済的問題を見えなくする
・しかし、ポジティブ心理学は
慎重な討議が必要な政治的・経済的問題について、
技術的な次元で解決可能な課題であるかのように見せてしまう。
○幸せな人生を個人に紐づけすぎる
・また「幸せ」と個人主義を強固に結びつけた。
幸せな人生を送れないのは当人の努力不足であり、
幸せになるためのスキルや能力が低いせいであると思わせた。
○組織の不確実性を労働者に肩代わりさせる
・心理的資本と言われる”柔軟さ”や”レジリエンス”は
組織の不確実性という重荷を(解雇のリスクからの立ち直りなど)、
労働者に肩代わりさせるのに役立つようになった
**
などです。
(他にもありますが、
私が特徴的だと感じたところを記載しています)
■著者の両名は、
学術的背景もその分野について
多くの研究もされている
著名な研究者であるようです。
そして、
「ポジティブ心理学がもたらした
プラスの側面については心から認める」
と語ります。
ただし、とはいうものの
書籍ではこのタイトル通り
「ポジティブ心理学、どうなのよ?」
という立場を取っています。
そして他にも、
・社会科学は
イデオロギーや経済の影響を受けることはあるものの、
ポジティブ心理学はあからさますぎる
・そしてその利権により、
ポジティブ心理学に関わる人にカネが流れていっている
・ポジティブ心理学の領域では、
「幸せの科学を信じたい」と思う人が多すぎる・強すぎる
安易に「測定できる幸せ」に皆が依存しているようにみえる
・それにより、本当に取り組むべき課題
(政治的・経済的課題、組織の課題)をごまかしている
・あるいは「幸せ」=「善」と問題を単純化している
というような疑問を呈しているのでした。
■著者は結論として
このように述べています。
”(われわれを制御しようとしている幸せ産業は)
みずからの存在を形づくる状況を把握する
われわれの力を鈍らせ、混乱させるだけでなく、
その意義を失わせる。
幸せではなく、知識と正義こそ、
今後も我々の生活の革新的な道徳的目的であり続ける”
(p,206)
、、、と。
「幸せ」ではなく「知識と正義」、
個々に我々が依って立つべきである、と。
■著者の見解は完全に
ポジティブ心理学について
批判的な立場に立って述べていますが
「なるほど、、、
そういう見方があるのか」
と納得できることも多いにあります。
特に、
”ポジティブ心理学に傾倒しすぎること”
は問題を見えなくすることは
とても理解できます。
ポジティブ心理学も
ある側面からのアプローチでしかない。
それが本当に優先的に
ポジティブ心理学の側面から取り組む課題かどうかは
見極める必要があります。
■例えば、
”組織のビジネスモデル”が問題で
皆が疲弊して辞めている。
なのに、
「従業員の心理的資本(レジリエンス)が
足りないからだ」
となっては、本質的な問題から
目をそらす事になってしまいます。
あるいは本当は給与相場が
競合他社と比べて明らかに低い、とか
あるいは職務設計で
自律的に仕事ができないことが
辞める問題であるのに、
「従業員のウェルビーイングが問題だ」
となっては、
やはり本質的な解決になりません。
しかしながら、
そうした「勢いがある」とは
そうした本質的な問題を
飲み込んでしまう勢いがあるということであり、
その危険性をポジティブ心理学は
内包していることを関連する人々は
忘れないようにしなければなりません。
、、、そんなことを
この本を読みながら思わされました。
■私(紀藤)自身は
ポジティブ心理学は役に立つし、
とても大切な考えである、
と思っている側の人間です。
実際、それによって
自分が生きやすくなっております。
一方、人は信じたいものだけを見聞きし、
そしてその確信を深めてしまうこともあります。
それを自分でも理解しています。
”知性とは、
「自分が見たい視点」だけではなく
「反対側からの視点」も見た上で対話ができること”
などと聞いたこともありますので、
どちらの側面も知った上で
概念を適切に扱えるようになっていきたい、
そんなことを思いつつ、
この書籍の内容を
心の一部分で受け入れがたさを感じつつ
読み進めておりました。
ポジティブ心理学、最高!
と思っている(私のような)方にこそ、
あえてお勧めしたい一冊とも
感じた次第でございます。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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<今週の一冊>
『ハッピークラシー ―「幸せ」願望に支配される日常』
エドガー・カバナス (著), エヴァ・イルーズ (著), 山田陽子 (著), 高里ひろ (翻訳)
みずす書房
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