動かないと毒素が溜まる
■おはようございます。紀藤です。
昨日は2件のアポイント。
「信頼」についての研修”スピード・オブ・トラスト”
についての振り返りなど。
(貴重なお時間を割いて頂きました、
K社長、I様ありがとうございました!
引き続きよろしくお願いいたします。)
さて先日、私がお世話になっているある方から、
面白いお話を聞きました。
それは、
<動かないと毒素が溜まる>
というお話。
今日はこの内容について、
ご共有したいと思います。
■しばしば、
「特に忙しいわけでもないのに、やたら疲れる」
という状態に陥る人がいるようです。
別にバリバリ働いているわけでも、
休日にガッツリ行動しているわけでもないのに、
何だか疲れている。
土日ゴロゴロと寝て過ごしたはずなのに、
そして休み明けの月曜日、全然やる気にならない。
テンションは低いままで、
どうにもこうにも明るい気持ちにならない。
しっかり休んでいるはずなのに、
なぜ疲れるのか?
エネルギーを消費するほど頑張ったわけではないのに、
なぜ元気が出ないのか?
全てに当てはまるわけではありませんが、
このようになる理由の一つが、
<動かないと毒素がたまる>
という現象であるそう。
■少し遠回りになりますが、
「毒素がたまる」とはこんなイメージです。
暑くなってくると、公園や森で、
”どろどろと緑のヘドロがたまって、
水が腐ってそうな水たまり(池)”
のようなものを見かけることがあるかと思います。
なぜ、こんなに腐敗したのだろうか。
よくよく観察してみると、
その”水たまり”には、
ある特徴が共通してあるケースが多いです。
それは、
「水の出口がない」(=水が流れていない)
ということ。
一方的に水が溜まるばかりで、
流れ出ていかない。
そういう水たまりは、
多くの場合、汚くなって腐敗してきます。
■これと同じようなことが、
人でも起りうる、というのが、
<動かないと毒素が溜まる>
という言葉が伝えたい教訓なのです。
ステップで整理すると、
こんなイメージでしょうか。
1、何かしなきゃいけない、
何かしなきゃいけない。
そんな理想を心の奥で持ちながら、
でも、何もせずにゴロゴロしている。
↓
2、「何かしなきゃ」という心のエネルギーを、
水たまりに、ただ溜めつづける状態になる。
(しかし動かないので、エネルギーの出口がない)
↓
3、その状態を続けると、
自分が見て見ぬふりをしていても、
”「動かなきゃと思う気持ち」と「何もしていない自分」”、
つまり、「理想」と「現実」のギャップが開いていくのを、
どこかで自分自身が感じる。
↓
4、そのギャップが、自分の自尊心を傷つけていく。
(=エネルギーが毒素になっていく)
↓
5、何もしていないのに、疲れる。
というような感じ。
■皆さまも1度は経験がないでしょうか。
土曜日、昼過ぎにおきて、
ゴロゴロして気付けば夕方になって、
そしてようやく焦りだし、動き始める。
無駄にすごした日中を取り戻すべく、
深夜まで起きて活動する。
すると、夜更かしして、
結局日曜日も昼過ぎに起きる。
エンジンがかからず、
ゴロゴロして気付けば夕方になって、
そしてようやく動き始める。
焦って何かするものの、
深夜近くなり、そろそろ寝なきゃまずい、と思う。
そして、週末を振り返って、
「この土日何してたんだろう…?」
と空しくなるあの感覚です。
あの心理的ダメージ、自尊心が削られる感覚は
”毒素”
というのにふさわしいのではないでしょうか。
■私たちは、どこかで
「疲れたら休む(=何もしない)」
というパラダイム(=ものの見方)を
しがちな傾向があるように思います。
それももちろん、一つの正解。
しかしながら、本当はまだまだ動けるのに、
ゴロゴロ時間を無為に使い続けたとしたら、
どうでしょうか。
きっと、それこそ、
「動いていないからこそ、(そんな自分に)心が疲れる」
という状態に陥ることだって、
あると思うのです。
もし皆様の中に、
「何もしていないのに疲れる」という人がいるならば、
”動いていない”ことによって生まれた毒素で
自尊心が傷つけられ、疲れている、
(=動かないから、毒素が溜まっている)
という状態になっている可能性も、
もしかするとあるかもしれません。
逆説的ではありますが、
「動くからこそ、気持ちが解放される」
「動くことによって、毒素を浄化する」
という姿勢で、
土日こそ朝から予定をバシバシ詰めまくって、
活動的に行動してみると、意外と元気になったりするかもしれませんね。
週末朝からランニング、
週末朝からテニス、
週末朝から朝活勉強。
結構、オススメです。
(もちろん、体調が悪いときは休んでくださいね!)
最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。
今日が皆様にとって、素晴らしい1日になりますように。