見失ってはならぬものは、「経過」ではなく、得たい「結果」である
(本日のお話 1332文字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。
昨日は2件のアポイント。
ならびに「戦略実行」についての
コンサルティングプログラムの実施二日目。
もうすぐ、半年かけて行ってきた、
「戦略を実行する文化作り」のプロセスが終了します。
改めて感じるのは、
”「シンプルなことを1つだけ」、
組織にて実行する難しさ“
そして、
それが出来た場合の、インパクトの大きさです。
ほとんどの 「やったほうがいいコト」は
多くの場合「やったほうがいいコト」で終わる。
すなわち、実行されません。
しかしながら、
いくらいいアイデアがあっても、
行動しなければ、そのアイデアも「ない」と同じなのです。
だからこそ、
「実行文化作り」というものは極めて重要である、
そんなことを思う次第です。
*
さて、本日のお話です。
昨晩の話。
最近、仕事かサムライ塾かとなっている今日この頃。
そんな話に出ないことがない
「サムライ塾」の打ち合わせが、夜からありました。
その話の中で、改めて大事である、
本質である、とはっとさせられることがありましたので、
本日はその話について、皆様にご共有させていただきたいと思います。
タイトルは、
【見失ってはならぬものは、”経過”ではなく”得たい結果”である】。
それでは、どうぞ。
■「日本人の悪い癖の1つに、
“予定調和を求める”
“計画至上主義”
というものがある。
しかし、状況は常に変わる。
状況は、生き物である。
進める中で、新たに判ることもある。
だから、最初に立てた計画通り、
全て上手くいく、なんてことは、皆無に等しい。
にも関わらず。
特に日本人は、
一度、皆で合意した「計画」、となると、
それを遂行すること、が目的となる。
状況が変わっているのに、
同じやり方で貫き通そうとする。
当然、求める結果が得られない。
「計画」至上主義、もっと言えば、
事を荒立てたくないという「人間関係至上主義」
によって、失敗する。
ミッドウェー海戦での敗北など、
まさしくそうであった。
そんな愚を、起こしがちであるのが、
人間関係を気にしすぎる、特に日本人の弱みになっている」
そんな話を、サムライ塾の代表から、
聞き、学んだのでした。
■確かに、言われてみればそう。
綿密に立てた計画であればあるほど。
そこに投資した時間や労力が大きければ大きいほど。
また、既にお金を使って、
作り上げつつあるモノであればあるほど。
私たちは、そこに
「縛られる」
「囚われる」
ことになりがちです。
■しかしながら、です。
本当に目指したいこと、
見失ってはならぬものは、
達成したいゴール、すなわち「結果」であるはず。
その計画(「経過」)よりも、
私達が真に得たいものは、「結果」であるはず。
”最終目的地にたどり着くことができさえすれば、
あらゆる手段、道筋でよい“
これこそ、特に、
結果を求められるリーダーにとっての、“真実”である、
そう思うのです。
■成したい事、成すべき事。
それを達成すれば、別になんだっていい。
最も成し得たい大切なことが、
ひとつ残ればそれでいい。
極端なようですが、それこそ真なり、
と、私は思います。
計画に縛られてはならない。
「道」は時に見失っても、
目指すべきは「山の頂」は見失ってはならない。
【見失ってはならぬものは「経過」ではなく、
真に求める「結果」である】
そのことを、改めて感じた次第です。