「迂回路の原理」を知り、自分だけの成長のステップを見つけよう
(本日のお話 1654文字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。
昨日、宮崎より東京に戻ってまいりました。
本日から始動いたします。
ネジを緩めていた日が続いていたので、
今日から締め直して、加速させてまいりたいと思います。
*
さて、早速ですが、本日のお話。
この連休、『竜馬がゆく』をひたすら読んでおり、
また他の本や雑学的なものにも目を通しておりました。
流し読みレベルも含め、
「言ってはいけない」(ビートたけし)
「多動力」(堀江貴文)
「ロードバイクの作法 やってはいけない64の教え」(竹谷 賢二)
「戦わない経営」(浜口隆則)
「小さな会社のブランド戦略」(村尾隆介)
「竜馬がゆく1~5」(まだ完読まであと3巻)(司馬遼太郎)
などを読書。
雑学ばかりだな、と思いつつ、
興味の赴くままに本を読み進めております。
そんな中、ふとある記事で目にした
『迂回路の法則』
という話が非常に興味深く、
「人の成長」を考える上で、重要な要素であると思いました。
本日はそのお話についての学びを、
ご共有させていただきたいと思います。
タイトルは、
「「迂回路の原理」を知り、自分だけの成長のステップを見つけよう」。
それでは、どうぞ。
■『平均思考は捨てなさい』トッド・ ローズ (著)‚
という本より。
面白い話が書かれていました。
それが、【迂回路の原理】というお話です。
(特に、人材育成に関わる方には必見の話かと)
「迂回路の原理」とは、
一言で言えば、
『人の成長には、決まったルールが無い』
ということ。
人が何かを習熟するとき、
それが勉強であれ、スポーツであれ、仕事であれ、
“人は下から上にハシゴを登るように成長するのではなく、
「網の目」のように成長をする“
という法則がある、
という原理です。
■少し分かりづらいので、
少し具体的にお話をします。
例えば、
”赤ちゃんが歩けるようになるためのステップ”
を考えてみます。
一般的に考えられているのは、
お座りをして → ハイハイをして、
→ つかまり立ちをして → 歩き始める。
これが「成長のステップ」であり、
それが「普通である」というのが
一般的な考えでした。
だから、なかなかお座りしないと焦ったり、
ハイハイをしないと大丈夫かな?と思ったり。
いつのまにか、一般的に本で書かれているような
「成長のステップ」に則っていないと、よろしくない、
という考えが標準化されるようになったそう。
(確かに、言われてみるとそうかもしれませんね)
■しかしながら、よくよく調べてみると、
必ずしも、この「成長のステップ」に従って人は成長しない、
ということがわかったそうです。
ある28人の赤ちゃんの
成長のステップを調べてみたところ、
例えば、歩けるようになるまでに、
腹ばいをする子もいればしない子もいる、
歩き始めた後にハイハイ戻る子もいるなど、
実に様々だったそうです。
しかし、いろいろな道筋を通るものの、
結局、最終的には「歩けるようになる」(=きちんと成長する)、
ことがわかったそうです。
そしてこのことは、
赤ちゃんのような子供の成長過程だけでなく、
キャリアや、スポーツや、勉強や、
その他のあらゆる成長でも同じことがいえるそうなのです。
■私自身、教育業界に携わっていて、
しばしば思うことがあります。
多くの組織において、
“「成長のステップ」という規律に当てはめる”
傾向は、少なからずあるように感じます。
おそらく、大きい組織において、
評価基準、昇格のルールなど大きいがゆえに、
標準化の必要性があるからなのかもしれません。
しかしながら、人は個性がある生き物。
金太郎飴のように、同じペースで、
同じステップで、同じ航路をたどって成長する、
という事は、なかなか難しかったりします。
■だからこそ、思うのが、
人を育てる上でも、自分を育てる上でも
「こう育たねばならない」いう概念は、
いっそのこと、捨てたほうがよいのだろう、
ということ。
しばしば聞く悩みの中で、
「自分は人とは違うから」という劣等感を感じ
人と比べ、自信をなくす人が多かったりします。
しかし、この話によると、
「むしろ、それが当たり前である」
ということ。
その前提を忘れてはならない、
と思うわけです。
人は個性があり、人それぞれ、
様々な学び方、成長のステップがあるもの。
だから、
『一人ひとりのペースで、
一人ひとりの方法で人は育つという
「迂回路の原理」を知ること』
この事を、重々認識することが、
一人ひとりが持っている能力や可能性を発揮するにあたって、
大切な要素ではないか、
と改めて思った次第です。
よく言われる話ですが、
違って結構、違いがすばらしい、ですね。""