「理想の自分を目指すこと」は、自分に合った服を試着し、 試していくような”仮説&検証”のプロセスである
(本日のお話 2111字/読了時間2分半)
■おはようございます。紀藤です
昨日は静岡県にて、とある建築会社様に向けた、
「戦略実行(4dx)のコンサルティング」の第4回目でした。
ある工事事務所にて生産性を高めるために、
目標を掲げ、フォーカスし、実行していくと言うこのプロセス。
方向性を合わせ、目標フォーカスし、
毎週できることを語るというシンプルなプロセスですが、
早速、残業時間の現象など成果が出始めております。
これからが楽しみです。
また、午後からは週末の研修企画などでした。
*
さて本日の話です。
最近「目標を考える」と言う、
その意味を深く考えております。
その中で、「目標を定めるとは、結局こういうことであろう」、
とふと思いつくことがありましたので、
本日はそのお話について、を皆様にご共有させていただきたいと思います。
タイトルは、
【「理想の自分を目指すこと」は、自分に合った服を試着し、試していくような
”仮説&検証のプロセスである】
それではどうぞ。
■ミスターチルドレンの「ギフト」という歌で、こんな歌詞があります。
”本当の自分を見つけたいって言うけど、
生まれた意味を知りたいって言うけど、
僕の両手がそれを渡すときふと謎が解けるといいな”
と言う歌詞の一節。
「本当の自分とはなにか?」
おそらく多くの人にとって、
そんな哲学的な事は考えないし、
(というか考える余裕もないし)
目の前の竜巻に取り組み続けると言うことが、
日常になっているのが普通だと思います。
■しかし同時に、昨今の世の中のように、
先行きが不透明で、
100年時代だ、会社もプロジェクト型になるのだ、
自分の人生は自分で決めるのだ、
などと言われている風潮が強まる流れの中で、
「本当に、自分は何をしていたいのか?」
と考える人は、以前よりも増えているように感じます。
特にシニア世代の方は、
まだまだ元気で、でも貢献意欲もあり、
ゆえに、そのような「哲学的な問い」を考える機会も、
活躍していたがゆえに多くあるように思うわけです。
しかしながら、
「目標を定める」「ビジョン、ミッションを定める」等、
これらの言葉はあまりにも多くの自己啓発書、ビジネス書、偉い人の言葉から言われすぎている話のため、
今更ここで強くお伝えするのも憚られるのが正直な気持ち。
しかし、それでもなお「目標」や「ビジョン」というのは、
”自分を、現在いる「こちら」から、
まだ見ぬ「あちら」を想像し、自分を惹き付ける磁力を発生させる、
大切な行為である”
と思うわけです。
■じゃあ、それらの「目標」を立てて、
すぐにスッキリ決まるかと言うと、そういうわけではない。
先程のミスターチルドレンの歌の歌詞ではありませんが、
「本当の自分を見つけたい」
「生まれた意味を知りたい」
これが、すぐにわかるかと言ったら、そんなことはないのです。
・自分がどのような仕事をして、
・どのような専門分野を持ち、
・どのような人付き合いをして、
・どのような貢献をしていくのか、、、
それらは、人生を形作る多くのパーツが、
絶妙なパーセンテージと、絶妙なカラーで組み合わさったときに、
いわゆる、
”「理想の自分」のようなもの(があるとしたら)”
に近づいていくのではなかろうか、と思うわけです。
■そして重ねていうと、
それが20代や30代、40代そこらで分かるかどうかというと、
そういうわけでも無いのでしょう。
もし20歳で「自分の夢・ビジョン・目標はこうである」と定めても、
それらはこれから起こる様々な出来事、人との出会い、
挫折体験、成功体験によって変わっていく、そんなものだと思うわけです。
ゆえに、あくまでも、
「目標」「ビジョン」というものは、
『今自分が想像できる”理想の姿”を、
臨場感を持ってリアルに想像した壮大なる思考実験、仮説にすぎない』
とも言えるのではないか、と思うわけです。
■「目標」「ビジョン」というものは、
考えるのが難しいことですが、やはり大事です。
しかし、それを見つけるプロセスというのは、
『壮大なる仮説&検証のプロセス』なのでしょう。
それはあたかも、
自分のお気に入りの洋服店に行って、
自分が好きだな、似合いそうだな、と感覚的に思った服をなんとなく羽織ってみて、
試着をする、場合によっては購入して馴染むかどうかを繰り返し、
またもっと自分に合った服を見つけていく、そんなプロセスのようだな、
とも感じたのです。
■中国の偉大なる思想家・孔子が語った『論語』で、こんな言葉があります。
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子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
(孔子が云う、
「私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった」と)
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自分の目標やビジョンと言うものは、
想像することで自分を「こちら側」から「あちら側」に連れて行ってくれる、
1つの強力な武器であるとともに、それはあくまで1つの仮説にしか過ぎない。
結局は多くのことを経験し、出会う中で見つけていくしかないのだろう、
ゆえに、『多くのことと出会い、試すこと』、それが大事なのだろう、
そんなこと思った次第です。
*
今、私自身もこれをやりたい、
これが最も貢献できて、自分のパワーも発揮されるのではなかろうか、
と思うことが多く広がっています。
コーチング
ファシリテーター
コピーライター
経営者
どれも、いいような気がするし違うような気もする。
それらを試しながら、体験しながら、
自分にフィットさせていくそのプロセスを楽しんでいきたい、
そんなことを思った次第。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日も皆さまにとって、素晴らしい1日になりますように。
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<本日の名言>
機会はどの場所にもある。
連れ舞と思うところに常に魚あり。
オウィディウス
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