今週の一冊『心をあやつる男たち』
(本日のお話 3885字/読了時間5分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は某企業様への
ストレングス・ファインダー研修の
オンラインでの実施。
参加者の方が皆さま
素晴らしい方ばかり。
かつオンラインにも慣れていて
ZOOMのチャットなども使いながら
皆で作り上げたような素敵な時間でした。
改めてご参加いただきました皆さま
ありがとうございました!
*
さて、本日のお話です。
毎週日曜日は、お勧めの一冊をご紹介する
今週の一冊のコーナー。
今週の一冊は、
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『心をあやつる男たち』
福本 博文 (著)
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です。
■「自己啓発セミナー」
と聞くと、皆さま
どんなイメージをお持ちでしょうか?
メルマガをお読みいただいている皆さまの中にも、
参加されたことがある方もいるかもしれませんが、
一般的には、
「自己啓発セミナー」=「怪しいもの」
と捉えられる風潮があるのではないかと。
■では、そう思われるルーツとは、
一体どこにあったのでしょうか?
いつの間にやら
「セミナー=怪しい」
という構造が
出来上がっているとしたら
その理由は一体
どこにあるのでしょうか?
■その答えの一旦が、この著書の
『心をあやつる男たち』
に描かれている
実に興味深い実話です。
日本経営管理教育協会
→人間成長センター
→パーソナリティ研究所
と名前を変え、
内容を変えてきた堀田氏という
実在したセミナー会社についての話を中心に
実在の団体、登場人物も含め、
著者が取材を通じて明らかにしてきた
ノンフィクションのルポタージュです。
■時は1962年。
日本にアメリカ発の
『ST(センシティビティ・トレーニング=感受性訓練)』
なるものがやってきたところから
話が始まります。
■このトレーニング、一体なんなのか?
簡単に概要を説明すると、
こんな内容です。
*
約12日間の合宿型のトレーニングで、
富士山の麓で行われる合宿。
その間は、途中で退出することは認められず、
「実験室」と呼ばれる場所に
1グループ約10名ほど参加者が集まり、机を囲む。
参加者は、1回1時間半のセッションで、
”「今、ここ」で起こっていることを語る”
ことを求められます。
それを合宿中何度も繰り返します。
その間、トレーナーは、
「今、ここ」で起きている事に集中させつつ、
参加者の内面に隠されたものを探っていきます。
■すると、参加者の間に、
段々変化が現れます。
「あなたの態度はいつも威圧的だ」
「そうだ、説教じみていて不快だ」
「いつもあなたはそうなのか?」
、、、最初は様子見だった参加者が
3日目、4日目に進むにつれて
内面を追求するような話になっていく。
参加者同士の”吊し上げ”のような
要諦を醸し出すことになり、
自分の隠された部分を
発露させるようなプロセスが起こる。
その過程で、
自分の内面に気付きが生まれていき、
本人の自己意識に変容が現れたり
人間関係において明らかな変化が現れたりする。
、、、そんなトレーニングが
『ST』
と呼ばれる手法の、
ざっくりとしたイメージです。
■なんて書くと、
「やっぱりあやしい」
と感じる方もいるのではないかと(苦笑)。
ただ、この「ST」というトレーニング自体は、
教授等によって開発され、
その効果も同時に実証されているものでもありました。
しかし元々、ベトナム戦争の帰還兵の
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療のための
”集団精神療法”として始まったルーツを持つトレーニングであったため、
精神療法的な色を持ち、かつ心に触れるため
危険性もあるトレーニングであったのです。
■ただ、この「ST」を始めとした手法は、
当時の詰め込み型教育から
一線を画するものでもありました。
そして当時
立教大学のリチャード教授を筆頭に
「立教大学キリスト教教育研究所」
と呼ばれる団体が、
主に牧師向けのこのトレーニングを
日本に普及する目的で作られ、
日本での展開が始まります。
■しかし、問題が起きます。
時は1960年代です。
日本のGDPが、
まさに世界2位になろうとしているとき。
産業界にこのトレーニングが
展開し始めて、その危険性が露見されていきます。
成果を上げる中間管理職がほしい。
強い幹部社員を「作り上げ」たい。
ゆえに、
「社員が劇的に変容するような
凄まじい効果をもたらす研修があるらしい」
と『ST』が紹介され、
そして展開されていったのでした。
■そして、研修から帰ってくると
目を見張るように変化をする社員をみて、
大手の企業が、次々に研修に送り込みます。
しかし、この著書で主に紹介される、
堀田氏のセミナー会社では、
独自開発をしたトレーニングで
かつ、”短期間で劇的な変化”を
求める企業の需要に答えようと、
次第に暴力まで使うようになっていきます。
そしてそれは、同様に
他のセミナー会社でも行われていました。
(以下、その一端を描いた箇所を
本書より引用いたします)
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STを導入する企業の社員たちの間で、
その得体のしれない訓練は恐怖の的になっていた。
暴力を講師するのは、堀田だけではなかった。
メンバー同士が殴り合うのも
日常的な光景であった。
「貴様ぁ!真剣にやっているのか。
前にでて、足を半歩ひらけ。
いま気合をいれてやるから、歯を食いしばれ!」
受講者の大半は、戦争を経験している。
<チェンジ>した古参兵が、
初年兵に向かって容赦なく「愛の鞭」をふりかざした。
「ありがとうございましたぁ!」
俺も殴ってくれ、と言うものまでが現れるのだ。
※本文より引用
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、、、今見ると、明らかにおかしいですよね(汗)。
でも、当時は企業が
こぞって導入をしていた時期が、
実際にあったのです。
しかし、これらのトレーニングは
「精神療法」という人の心の深い部分に触れ、
場合によっては、
人格崩壊などもあるため、
ゆえに専門家が、
その兆候を捉えていることが必須。
■しかし、需要の増加により
きちんとトレーニングされていない者が
トレーニングを行い、
研修の最中自殺者が出るなどの影響があり、
週刊誌に取り上げられ、
そして堀田氏自身も逮捕されるなどで
次第に1970年代になり、
下火になっていったのです。
、、、そしてその過去は、
意識していないレベルでも
空気として今に続いている、
という現実があります。
■この書籍は、
この『ST』のセミナーをめぐる登場人物と、
その際に実際に起こった事故、
週刊誌に報道された記事、
それらの話と取材から
中心的な存在であった会社と
社長を中心にドラマのように描かれるため
壮絶な現場へと
タイムスリップさせてくれるような本です。
■かつ本の後半では、
『ST』の盛衰に続き、
これまたアメリカで起こった
ヒッピームーブメントの一つである
”ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント”
(=人間性回復運動)
という中での、
「自己啓発セミナー会社の勃興」
が描かれます。
■マズローの欲求五段階説の普及と、
「自己実現」という言葉が注目された背景もあり、
日常生活で満たされない人を始め
感情的な高揚感とともに、”自分を再発見”させる
自己啓発セミナー。
それは理論的に開発されたトレーニングの
一部を表面的に組み合わせたものであり、
感情的な揺さぶる、
自分を打ち破るような経験をさせる
号泣するような演出等があります。
そこで”自己変容”を体験する。
その後は、その感動を分かち合うという名目で
友人・知人を勧誘していくという
マルチ商法のモデルを活用し、
「心のネズミ講」
よろしく瞬く間に
参加者を増やしていった、
という特徴を持つ会社が目立つようになります。
■20代の人が主に
参加者の対象となりましたが、
”セミナー中毒”
のように高いお金を払い
その高揚感を得るために私財を投入し、
借金までしてしまう。
セミナーの中にしか居場所がなく、
職場や家庭で自己実現ができていない。
はたから見ると明らかに様子がおかしいのに
本人が気づいていないという状態、
でも本人は、本当にピュアに
善意で行っている。
一方、その気持を「無料奉仕」として
営業活動に見込み、商業利用している
自己啓発セミナー会社。
それらが流行した経緯から
「自己啓発セミナー的なものは
全部怪しい…」
となっている様子も
やはりあるようです。
■ポイントは、
「全部悪いわけではない」
ところ。
前半の、『ST』については、
参加した7割は、
「自己変容の経験をしており、
他者にも強く勧めたい」
と思っているという事実があります。
きちんとトレーニングをされた
トレーナーが扱えば、
それは「効果を発揮した」のです。
ただ一方、3割の人に
何らかの「心理損傷」が
現れるという危険性もある。
この事実が注目されずに
このような心を取り扱う手法について
知識がない、トレーニングをされていない人が
需要の高まりに追いつかず、安易に量産されてしまうこと、
これが問題なのでしょう。
■善意と商業が混ざったり、
善意と虚栄心が混ざったりすると、
特に、「人の内面や心」を扱う研修は
危険な方向に走ってしまうこと、
このことをこの本は、
訴えかけているように感じます。
■人材開発に関わる人は
その歴史的背景を知る上でも
ぜひ知っておいていただきたい一冊です。
実に面白く
「ああ、そういう背景があったから、
”自己啓発セミナー=あやしい”
という印象があるのだ」
と気づかせてくれます。
そして、私自身も「研修」という
この本の歴史の延長線上にいる身として
きちんと学び、理論的な背景と知識のもと、
トレーニングを届ける必要があると
自戒を込めて強く思った次第です。
実に興味深い一冊でした。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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<今週の一冊>
『心をあやつる男たち』
福本 博文 (著)
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