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600号 2015年8月19日

幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う

(今日のお話 1290文字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は神奈川の技術系の会社様を中心に、
合計3件のアポイント。

今週は予定が盛りだくさんの週。
元気いっぱい、後半も飛ばしてまいりたいと思います。

さて、先日の飲み会で
「魅力的な人って、辛い経験をしてる場合が多いよね」
という話で盛り上がりました。

今日はそんなお話から、
「辛い経験と人の魅力の関係」について、
思うところをお話したいと思います。


■ちなみに私の場合、
辛い経験と言えば、
大学時代、バイト先で
バーのマスターに殴られたこと。

そして、アゴの骨が折れ、
全身麻酔の手術をするハメになったこと。

また全治1年かかったこと。

同時に、当時付き合っていた彼女が、
リストカットをしたこと。

新卒で入った某外食企業で
寝る間もなく働き、半鬱状態になったこと。

・・・などがあり、そんな話をすると、

しばしば波乱万丈ですね、とか、
色んな苦労されてますね、
とか言われることがあります。

といいながら、正直、
自分だけが辛い経験をしたとは思いません。

そもそも他の人生と比較ができないですし、
よくよく話をしてみると、誰にだって、
胸が痛く、締め付けられるような、
「痛い経験」や「辛い経験」の一つや二つ、やっぱり持っているんだな、
と思わされるから。


■トルスロイというロシアの小説家の言葉に、
こんなものがあります。

『幸福な家庭はどれも似たものだが、
 不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。』

つまり、

”幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う”
ということを意味します。

もっと言えば、
誰だって、
周りに見せていないだけで、
人に言えないような辛い経験・悩みがある。

それは幼い頃の辛い体験だったり、
人間関係の悩みだったり、
身体のことだったり、
自分の能力に対するコンプレックスだったり
ぱっときいて特徴的なエピソードもあれば、
そうではなく心の奥で沈む鈍い経験など、人それぞれではあるものの
誰もが

”それぞれの辛い経験”

を多かれ少なかれ持っている、
ということなのだと思います。


■そして、私がこの話、
”人の不幸の形はそれぞれ違う”という言葉から思うのが、
人間関係において、
他人に対して、

「同じように痛みを抱えている人間なんだ」
「形は違えど、もがいている人間なのだ」
と思えたとしたら、
他の人にもっと優しくなれるのではないか、
迷っている人に手を差し伸べてあげられる、素敵な人になれるのではないだろうか、
そのように感じたのです。

自己認識とは不思議なもので、

「自分だけが辛い」と思えば、
悲劇のヒロインとなり、周りと壁ができてしまいますが、

「誰もが一様に、それぞれ痛みを抱えている」と思えば、
同じ仲間と感じて、優しくなれたりします。

だからこそ、私たちは、

目に見えなくても、自分がわからなかったとしても、

”不幸の形はそれぞれ違う”
という前提の下、あらゆる人に向き合ってみることが
大切なのではないか、
そう思ったのです。


■人間社会に生きている私たちは、
どこまでいっても人と関わることは避けて通れません。

必要なスキルや、
求められる能力もたくさんある世の中ですが、

「相手の痛みを理解してあげられること」

はいつの時代も大切なことではないでしょうか。

「7つの習慣」のような原則的な話でも、
長期・継続的に成果を生み出し続けるに必要なものは、
スキルと同時に、

「思いやり」や「優しさ」

というような人格面である、ともいいます。

”自分が感じている辛さ” と同じように、
”誰にもそれぞれの辛さ”があると思おうとすること。

そうすることで、
他人の痛みがわかり、優しくなれる。

そして人間的に魅力的な人になれる。

そう考えてみると、
”辛い経験”というのも、
また違ったものになり得るのかもしれません。

今日は、ちょっと哲学的なお話でした。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日も皆様にとって素晴らしい1日になりますように。

【本日の名言】 寒さにふるえた者ほど
太陽を暖かく感じる。
人生の悩みをくぐった者ほど、
生命の尊さを知る。

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