「中動態」ってなんだ? ー日本人のキャリアは「中動態」的である、というお話ー
(本日のお話 2466字/読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は終日、
外部人事パートナーとして
毎月関わらせて頂いている会社の人事の皆様への
終日コーチング&コンサルティングでした。
夕方からは10kmのランニング。
思ったよりも体力が回復しており、
良い感じです。
7月の超ウルトラに向けて、
練習を再開したいと思います!
*
さて、本日のお話です。
以前、参加した
キャリアに関するセミナーで
”多くに日本人のキャリアは
「中動態」的である”
というお話をふと思い出し
振り返っておりました。
、、、ということで、
本日はその学びについて
皆様にご共有させていただければと思います。
それではまいりましょう!
タイトルは
【「中動態」ってなんだ?
ー日本人のキャリアは「中動態」的である、というお話ー】
それではどうぞ。
■「中動態」
という動詞の態を表す
言葉があります。
・・・??
ん? なんだそれ?
と思われた方も、
いらっしゃるかもしれません。
(はい、私も思いました)
昔むかし、国語の時間でも、
・能動態(私は~する)
・受動態(私は~される)
という態は
いつぞやか習ったのでしょうか、
馴染みもあり、理解もできます。
しかし、「中動態」とはなんぞ??
■調べてみると、
こういうことだそうです。
「中動態」とは
主にインド・ヨーロッパ系の言語で見られる動詞の態の一つであり、
「能動態と受動態の中間に位置する形式」を指す、
とのこと。
「能動態」「中動態」「受動態」の違いを
整理してみると、以下のようになるようです。
(ここから)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◯「能動態」:
行為の主体が自己の意志で行動を起こし
その結果が他者や物に影響を及ぼす。
※例:私は本を読む
◯「中動態」:
行為の主体が自己の意志で行動を起こすと同時に、
その行為の受け手でもある。
※例:私は自分を洗う(的なニュアンス)
◯「受動態」:
行為の主体が他者や物から行動を受ける。
※例:本が私によって読まれる
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ここまで)
(はい、ChatGPTに
例の如く解説をしてもらいました)
■いわく、
日本語には「中動態」の
明確な形式は存在しないようで
ちょっと分かりづらいみたいです。
・行為の主体=能動態
・行為の受け手=能動態
・行為の主体でもあり受け手でもある= 中動態
なので
たとえば、
「私は私の体を洗う」
は中動態に近い表現になるようです。
一人ボケツッコミみたいな感じでしょうか。
(←よくわからん)
*
他にも、
「恋に落ちた」(I fall in love)
というのも、
中動態のような表現。
「恋をした」という
能動態としての意味だけでなく、
「好きになってしまった」
受動態のような意味もあり、
ゆえに
「恋に落ちる (中動態)」
と捉えられるそう。
■うーん、
言葉って奥が深い。。。
でも、この概念を知っておくと、
自分の選択が広がるようにもなります。
一つの例として、
2022年の9月に行われた、
『ミドルシニアのキャリア自律』
(Yellセミナー)
にてパーソル総合研究所の小林裕児氏が、
以下のような話を述べられていたことを
思い出しました。
内容としては、
<多くの日本人のキャリアは”中動態的”>
というお話です。
簡単に当時のメモを含めて
まとめてみます。
***
<多くの日本人のキャリアは”中動態的”>
・日本では就職をして、入社をする。
仕事に対して「こうしたい!(Will)」
というものがなかったとしても
(完全に能動態ではないとしても)
職場に行くとそこに「やるべき仕事(Must)」がある。
処遇も年功的にある程度上がっていく(15~20年くらい)
・「やりたい(Will)」がなくとも、
求められていることをしていくと
そこそこ楽しく仕事ができる、そこそこ能動的になる。
Canも増えていく
・この状態は「自分主体の能動態」なキャリアともいえないいが、
「受け身である受動態」というわけでもない。
この状態は”中動態的”である。
具体的には、
会社主導の配置、企業主導の賃金、トレーニングに対して
配属後に適応する、出世競争や査定評価獲得をするという、
来たものに対して、能動的に打ち返す、ようなイメージである。
・しかし問題は、
ミドル・シニア以降になると、
スキルの陳腐化、昇進の天井、ポストオフなどが起こる。
CanとMustが縮小していくことになる。
この”中動態的なキャリア”だと、
「自分主体の能動態」のキャリアではなかったため
(つまり「Will」が大きくない状況のキャリア)
「引退モード」の就業態度になってしまう
***
というお話でした。
■なるほど、、、。
しばしば、
ミドル・シニア以降に
キャリアを考えるような場面で
「今更どうしたいって聞かれても、
わかりませんよ・・・」
というニュアンスの
あきらめなのか不安なのか、
少し躊躇を感じる雰囲気を感じることがあります。
これは、受動とはいえず、
かといって、アナタの責任ですよ、
と言い切ることも難しい感覚になりますが、
”中動態”的なキャリアで来ているから
という概念で捉える取り会がしやすくなりました。
■「受動態」ではない。
会社主導の異動などはあるけれど
その文脈の中で楽しく一生懸命やってきている。
一方、完全に個として
「能動態」ともいい難いかもしれない。
いつどうなるかわからないという前提をもって、
”自分という個”が主体として日々を歩んできた、
とまではいえない。
もちろん人によりますが
受動・能動、どちらともいえない
”「中動態」的なキャリアを送っている人が
日本には少なからずいるのでは?”
という観点は
新しい視点を投げかけられたような
感覚を持ったことを思い出しました。
■能動的にいこうぜ。
受け身はダメよ、、、
みたいな短見ではなく
能動ー受動の間に存在する
「中動」の概念を理解することで、
それでは切り分けきれない今を認識できるような気がします。
そして、その概念を理解することが
その中動態的スタンスが
機能不全を起こしうるステージも
客観的に理解をできる気もします。
ということで、
一つ「自己認識」を高めるための
ものの見方として留めおきたい考えだな、
と思った次第。
言葉を手に入れることは、
世界の新しい見方を手に入れること。
「中動態」、覚えておきたいと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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<本日の名言>
すべてはきっと好転する。
そう信じて、辛抱強く耐え抜こう。
耐え抜いたとき、あなたはとてつもない力を
手にしていることだろう。
マハトマ・ガンディー
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