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4004号 2025年2月10日

おすすめの一冊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(後編)

(本日のお話 3903文字/読了時間6分)

■こんにちは。紀藤です。

昨日は読書や家族との時間、また7kmのランニングでした。


さて、本日のお話です。

先日、2024年のベストセラー本の一つである『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』について、読書レビュー(前編)を書かせていただきました。本日も続けます。

今日は「第7章 行動と経済の時代への変換点-1990年代」からのお話です。
それでは、まいりましょう!

(前回の話はこちら↓↓)
https://note.com/courage_sapuri/n/ne3e474bb56ba

■平成から「心の興味」が高まった

明治時代から1980年代は、その読書層の広がりと、教養を求めるエリート層(知識を求める層)と、修養を求める大衆層(行為を求める層)にわかれていき、そしてエリート層が自己啓発に励む大衆層をひややかに見るという構造が、再生産され続けてきた、と述べました。

では、平成になった1990年代の読書はどうかわったのか?
この時代は、さくらももこのエッセイが爆発的に売れました。また『パラサイト・イブ』瀬名秀明(1995)になりました。この時代は「心理テスト」が流行り、内面など見えない部分、スピリチュアル志向も高まった時代でした。

一言で言えば、「心への興味」の時代です。大学の心理学科は高倍率で、臨床心理士という資格もできた、そんな時期だったそうです。

(余談ですが私は「さくらももこを読む(小学生)」→「パラサイト・イブを読む(中学生)」→「心理テストやスピリチュアルにハマる(中高生)」→「心理学を学ぶために大学に行く(大学)」と、本書に書かれているルート通りの育ち方をしてきました(汗)))

■自己啓発書と新自由主義のお話

さて、1990年代半ばになると、行動重視の自己啓発書が、どんどん売れていきます。
たとえば『脳内革命』(1995)は累計350万部。プラス思考を心がけることで老化防止や治癒力向上に繋がると説きました。また『小さいことにくよくよするな』『7つの習慣ー成功には原則があった!』なども売れます。

「自分に対して、何か行動を起こすことで、自分を好転させる」。行動によって自分を変えるというのが、自己啓発書のロジックです。

1990年代は「内面への興味」から始まり、脳内革命に始まる「行動を重視する」というメッセージが増えていく時代でした。

▽▽▽

このような流れができた理由に「バブル崩壊」を挙げています。就職氷河期が始まり、非正規雇用が増え、終身雇用が崩壊の兆しを迎える。そして、一億総中流時代が終わりを迎え、新自由主義(ネオリベラリズム)の価値観を内在した社会が生まれつつあった、と述べます。

ちなみに「新自由主義」(ネオリベラリズム)とは、平たく言えば「自己決定・自己責任論」です。本書では、以下のように説明されています。

(ここから)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新自由主義社会とは、国家の福祉・公共サービスが縮小され、規制緩和されるとともに、市場原理が重要視される社会のことである。このような社会においては、資本主義論理ーつまりは市場の原理こそが最も重要だとされ、国家の規制が緩和されるため、企業間の競争は激しくなる。

同時に、個人の誰もが市場で競争する選手だとみなされるような状態であるため、自己決定・自己責任が重視される。たとえば近所だから助け合う、同じ会社だから連帯して組合を作るなどの共同体論理よりも、現代では組織や地域に縛られず自分のやりたいようにやること、自分の責任で自分の国道をきめることなどの個人主義が重視されている。これも新自由主義的思想だと言えるだろう。
P167
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(ここまで)

「自分の責任で自分のやりたいことをやるべきだ」「失敗しても、自分のせいだ」こう思う思想が「新自由主義」です。今では当たり前のようなこんな考え方は、1990年代頃から特に強まっていったのでは、と著者は述べます。

別の観点から言えば、一昔前なら「社会のルールに問題があるのかもしれない」と発想していた可能性もある、ということです。

そして、時代によって必然的に高まっていた「新自由主義」の考え方と、自分の行動を変えよという「自己啓発書」は相性がよいものでした。

■「好きを仕事にする」という考え方

そして、1990年代~2000年代のこの頃「好きを仕事にする」という幻想が生まれ始めます。背景は、上述の「新自由主義改革」です。

そして、「やりたいこと」を見つけるために4割がフリーターになったと述べ(いっぱいいたなあ)、「自分らしさ」を追求する時代になっていきます。

これまでは、学歴のない人が「本を読んで教養を高め、自分の階級を高めよう」とする流れだったことに対して、新自由主義の登場により「やりたい仕事をして、自己実現を図ろう」となりました。

そうすると、「仕事で自己実現」という合言葉に、自己実現系ワーカホリック、若者のやりがい搾取と言われるような状態も見えるようになります。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「自己実現」という夢が、若者を長時間労働にのめり込ませてしまっていた。仕事への過剰な意味付けが、2000年代という時代を覆っていた。(P150)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

しかし、2015年に電通過労自殺事件が起こります。そして、「働き方改革」という言葉が叫ばれ始め、2019年に働き方改革関連法による、時間外労働の上限規制の導入、有給休暇取得の一部義務化などが制定されます。

こうした流れを経て、「会社に頼るな。自分で生きろ」「個として市場価値のある人間になるべきだ」というメッセージがより強く発信されることになりました。(ちなみに「こうした流れが悪い」と言っているわけでは全くありません)

■「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」

そして、「自分の役に立つこと」に意識が集中するようになりました。

2010年になり、SNSの発展も含め、情報は爆発的に増えました。そして、「自分が必要な情報だけほしい」「結論だけ知りたい」という流れが加速していきます。自分に役立たないことは「ノイズ」とみなされるようになりました。

早く効率の良い情報処理が求められます。「速読法」「仕事に役立つ読書法」など、”使えるビジネス書”が、ますます注目されるようになりました。「ファスト教養」という本も現れたように、効率的に必要なものだけ、となっていきます。

▽▽▽

この流れを、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」の問いに紐づけてこのように答えます。

――――――――――――――――――――――――――――――
「読書」:ノイズ込みの知を得る
「情報」:ノイズ抜きの知を得る
※ノイズ=歴史や他作品の文脈・想定していない展開)
P174
――――――――――――――――――――――――――――――

自分と関係ない情報は「ノイズ」である。
市場という波を乗りこなすのに「ノイズ」は邪魔になる。

だから「働いていると本が読めなくなる」。
なぜなら、本(主に小説や歴史書など)はノイズに溢れているから。

■「ノイズ」を大事にできる働き方をしよう

その上で、本書では以下のように述べています。

(ここから)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「教養とは、本質的には、自分から離れたところにあるものに触れることなのである。それは明日の自分の役立つ情報ではない。明日話す他者とのコミュニケーションに役立つ情報ではない。たしかに自分が生きていなかった時代の文脈を知ることは、今の自分には関係がないように見えるかもしれない。(中略)

今の時代には関係のない、ノイズに、世界は溢れている。
その気になれば、入口は何であれ、今の自分にはノイズになってしまうようなー他者の文脈に触れることは、生きていればいくらでもあるのだ。

大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ。
仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。
仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを、受け入れること。
それこそが、私たちが働きながら本を読む一歩なのではないだろうか。
P181
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(ここまで)

読書とは、自分から遠く離れた文脈に触れることである。
仕事以外の文脈を取り入れる余裕を持てるそんな社会を作ること。

そのために「全身全霊で働く」よりも「半身で働く」こと。
仕事も、家庭も、趣味も、交友関係も、読書も味わえるようなことを当たり前のような社会になってほしい、そんな著者の思いが語られていました。

■まとめと感想

読んでいて、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」の背景にある「社会の流れ」を俯瞰して考える時間でした。

特に1990年~2000年、私が小学生~大学生の時代を生きたときには、まさにその文脈の中に組み込まれていた自分がいましたし、「仕事で自己実現をする」と純粋に燃えて、そして燃え尽きた自分もいました。

そして、組織に対する不安を覚え、「本を読んで自分を磨かなければ・・・」と焦り、新自由主義の考えで、自己啓発に励んだ自分がいました。ある程度、自分の仕事が軌道に乗って、大学院に入ると「教養」というノイズありの情報に価値を見出し、多くのビジネス書は表面的だ・・・なんて思う自分も確かにいました。

こうした私の人生も時代の産物の一つだったのかもな、としみじみ思います。また、本を読んで賢ぶる錯覚をしたときに思う、妙な優越感も、何度も再生産されてきたものだったのかも、、、とも思ったのでした。

▽▽▽

そして、本書でいう「自分と遠く離れた文脈を知ること」は、人生が豊かになることである、と思っています。

以前、古典などを読む、リベラルアーツを学ぶ合宿型の研修に参加したことがありました。(『日本アスペン研究所』の主催の研修です)

そこで、歴史を知り、古典を知ることで、「そもそも働くとは?」「今の時代はどんな時代なのか?」などを俯瞰することができ、少なくても「思考の上で自由になる感覚を得る」ことができました。

そして、それを可能にするのは、本書でいうすぐに役立たない「ノイズ」にこそ存在している、と思います。

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」

その問いに対する答えを、本書は、時代や社会という切り口から考えさせてくれる、とても素晴らしい本だと感じた次第です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

※本日のメルマガは「note」にも、図表付きでより詳しく掲載しています。よろしければぜひご覧ください。

<noteの記事はこちら>

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