祖母の「88歳の誕生日」
(今日のお話 1556字/読了時間2分)
■おはようございます。紀藤です。
昨日は午後から
祖母の88歳の米寿祝いで、
親族一同が、東京、愛知、沖縄など、
全国津々浦々から、宮崎の青島海岸に集結しておりました。
成人してからも、このように集まれる
親族を持てた事に改めてありがたいな、と思いつつ。
*
さて、本日は、
祖母の米寿祝いということで、
「88歳の誕生日」
というテーマで、
大切だと感じたことを、
ご共有させて頂きます。
それでは、どうぞ。
■私の祖父母は宮崎にて、
「四海楼」という大きな中華料理店を、
経営していました。
今年で88歳なので、
1928年生まれ。
ちなみに祖母は中国籍なので
中国の苗字と、日本の苗字を二つもちます。
4姉妹を育てながら、
中華料理店を切り盛りし、
多くの従業員を管理したり、
お店を仕切ったりして、
365日休みもなく、何十年も駆け抜けていった、
祖母の人生の多くは、
そんな激動の時間でした。
私の母は、
4姉妹の長女として生まれたのですが、
小さい頃はものさしで尻をひっぱたかれ、
またお店の手伝いは当たり前、
容赦のない張り手と、
厳しい母親だったようす。
■そんな祖母の88歳のお祝い。
昨晩、旅館の長テーブルに、
子供、孫、曾孫を含めて、
10数名が並んで、夕食の時間。
そして、おじさんがこう言います。
「米寿のお祝いということで、
皆からおばあちゃんにメッセージを、一人一言ずつ!
では、春姉ちゃん(我が母の呼び名)から!」
商売人独特のハイテンションで、
仕切り話を振っていきます。
すると、普段
『おばあちゃんのいいところ』
なんて面と向かって言うことはないのですが、
改めて親族一同皆、コメントしていきます。
「とっても器用なところ。
編み物でも何でもできてすごい!
強くて、一人でもタイに行ったりして、
ばあちゃんの話、大好きです。」
「娘たちに負けない精神力には頭が下がります。
2、3度の骨折にも負けず、復活するところ。
自分のことは何でも頑張るところ、すごいです。」
そして、パートナーである、
じいちゃんからも。
「美人の奥さんを持てて、俺は幸せです」
数年前、脳梗塞で倒れたじいちゃんから、
そんな言葉。
若い頃は色々あり、
お互い「四海楼」を支え、駆け抜け
晩年になって、そんなコメントを言い合える2人を見て、
「素晴らしいな」と孫ながら、感じてしまいました。
■「何をもって幸せというか」、
というのは人それぞれだと思います。
でも、思うのですが、
例えば、祖母の話のように、
『88歳の誕生日』において、
・自分のパートナーに、何と言われたいか
・自分の娘/息子に、どんな人だった、と言われたいか
・孫に「おばあちゃんの素晴らしいところ」といわれたとき、
なんと答えてほしいのか
・友人に、何と言われたいのか
この答えに、
「自分にとっての幸せ」の一つの答えが、
隠れているのではないだろうか、
そのように思うのです。
■私の祖母は、
影響力の大きい人物で、
私も尊敬しているし、
見習うところが本当に多く、
また口を揃えて、祖母の子供、孫たちも、
同じようにいいます。
そういった祖母を持てていることが、
私は誇りですし、もし自分が年を重ねた時も、
後ろから進んでくる人に対しても、
祖母のように何かしらを残せる、そんな人物になりたい、
そう、思うのです。
■「7つの習慣」では、
”第二の習慣 終わりを思い描くことから始める”
において、
自らの人生の終わり、
つまり「自分のお葬式」を思い浮かべてみよ、
と、その項目の冒頭で伝えています。
人生の終わりに、何と言われたいか。
大切な人からなんと言われたいか。
頭の中で、その質問を置きながら
日々を送ることで、より密度が高く、
意義ある日々が過ごせるのではないか、
そのように思った次第です。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本日も皆様にとって素晴らしい一日になりますように。