「良かれと思って」が、実は良くなかった話
(今日のお話 1669字/読了時間2分)
■おはようございます。紀藤です。
昨日は、会社のイベントにて、
お客様とのお昼から夜まで語らいなど。
また短い時間だけですが、
プレゼンをさせて頂く機会もあり、
貴重な経験をさせて頂きました。
(お越しいただいた皆様、ありがとうございました!)
*
さて、今日は、
昨日のミニ・プレゼンから学んだ、
「場をわきまえる」
ということについて、
気付きを皆様にご共有させて頂きたいと思います。
それでは、どうぞ。
■先日、ある企業にて、
「1年目の新人」がプレゼンをする場があり、
その場面を見学させていただく機会がありました。
その時のプレゼンは、
社会人1年生とは思えないほどの完成度。
話す内容もさることながら、
理路整然と自信をもって堂々と話し、
かつ礼儀正しい、好感度の持てるプレゼンでした。
ですから
教育担当者の方に思わず、
「素晴らしいですね!
とても1年目とは思えません」
と素直な気持ちとしてお伝えすると、
教育担当の彼はこう答えました。
「いえいえ。前回はひどかったんですよ。
”フレンドリーさを意識する”
というのが、彼ら/彼女らのプレゼンのこだわり、
だったらしいのですが、実際やっているのをみてみると、
ただ『雑で無礼』なだけだったのです。
ですから、その後、
「君らのはブレンドリーじゃない、
馴れ馴れしく、無礼なだけだ!」
とガツンと雷を落としました。
だから、今回はよくなったのかもしれませんね(苦笑)」
と。
(なるほど。確かに、
”フレンドリーと無礼の差”は難しいよな・・・
まあ、まだ1年目だし、その点は彼らの課題だろうな)
そんなことを心の中で思いながら、
聞いていたわけです。
■そして、1週間ほどして昨日の話。
私がとある会合で、
プレゼンをする機会がありました。
その話をする少し前に、
ふいに講師の方からこんな助言をもらったのです。
「紀藤さんは話すときに、笑いながら話す癖がある。
聞きづらいから、今日は笑わないで話してほしい。」
と(!)。
心に小さな動揺。
自分で気付いていなかった弱点を、
ふと知ってしまった気恥ずかしさ。
そして、同時に、
「指摘いただけてありがたい」という思い。
恥ずかしいような、ありがちような、
不思議な気持ちが混ざり合いながら、
全く別のことを同時に思ったのです。
それは、
『あれ?これ先日見た会社の新入社員と同じじゃね?』
ということでした。
自分はフレンドリーさを出そう、
と良かれと思ってやっていた。
しかし、客観的に聞いているとそれは
「聞きづらい」とか「崩しすぎ」だった。
まさしく、
”フレンドリー”をやりすぎて、
”無礼”に見えた新人さんと、全く同じ状況だったわけです。
この事実に気が付いたとき、愕然としました。
「ああ、人のことは言っておいて、
自分のことは全く見えていないんだな」
と。
■結果的に私にとっては、
非常によい経験と機会の場でした。
しかしながら思うのです。
恐らくこのような、
【自分は良かれと思ってやっていたことが、
周りの人にとっては良くなかった】
ということは、
他にもたくさんたくさんあると思うのです。
(自分が気付いていないだけで・・・恐)
そんなことに、
「笑わないほうがよい」
というアドバイスをもらい、
自分を振り返り、戒め、深く気が付かされたわけです。
■もちろん、何でもかんでも、
言われた通り従えばいい、
というわけではないと思います・
しかしながら、
5人中3人から言われたことであれば、
改善の検討に値すべきことでしょうし、
たった一人から言われたとしても、
その分野において自分より三段上の人から言われたとしたら、
それは「自分がただ気付いていないだけ」として、
甘んじて受け止めるべきである、
そのように思います。
良かれと思っていることが、
「実は良くない」ということはあるまいか。
他人を指摘しておいて、
自分も同じ過ちをしてはいまいか。
自分のことは見えづらい、
このことを認識した上で、
客観的に、自分を育てていきたいものですね。
いやはや、いい経験になりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日も皆様にとって、素晴らしい1日となりますように。