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786号 2016年4月9日

「上手くやろう」という発想が、愚の骨頂

(今日のお話 2049字/読了時間2分)
■こんにちは。紀藤です。

金曜日は、新入社員研修「ディスカバリー」の実施でした。

そして本日土曜日は、
朝9時から英語塾、そして、午後からは
個人的名「体質改善プロジェクト」のために、
初めての「鍼灸」の体験。

鍼って、思ったよりも痛くなくて、
寧ろ気持ちがいいんですね。

知りませんでした。



さて、本日のお話。

今朝は、9~12時にて
先週からスタートした「1年間の英語塾プログラム」の
第2回目でした。

私にとっては、かなりのハードルの高さですが、
早くも色々と学ぶことが多く、
早くもかなり勉強になっています。

今日は、

「チャレンジする姿勢」

について、この英語塾体験を通じて
感じた気付きを、皆様にご共有させて頂きたいと思います。

それでは、どうぞ。

■4月の頭から通い始めた英語塾。

あまたの自己投資にお金をかけてきた
”学びマニア”の私からしても、
この英語塾は我ながら素晴らしい選択でした。

コンセプトが非常に秀逸なのです。

「英語だけでない。
”世界で戦う日本人”として、知るべき教養も学ぶ」

そんなテーマで、
1年間学びつづける。

しかも、外資系の最前線において
海外のビジネスパーソンとやりあってきた、
超一流の経営者が講師。

そして、意識の高い少数精鋭の仲間で、
「英語」&「国際教養」を学ぶ、
という、なんとも贅沢な内容なのです。

世間で知られているような英語教室は
ほとんど全て体験入学をしたのですが、
今のところ、”学び”という意味でも、
最高の充実感を得ております。

本当に、素晴らしい塾なのです。


■が、同時に
そんな贅沢な内容がゆえに、悩みもあります。

それは、「私の能力」が
全然追いついていない、ということ。

英語のスピーキング・リスニング力はもとより、
国際教養(歴史、世界の時事)についても、
全くといっていいほど、無知な私。
(とほほ)

ですが、関わらず
「世界で戦う日本人として」教養を学ぶわけですから、

・難解な経済雑誌「エコノミスト」を読み、
 自分の意見をまとめ、ディスカッションをする
・世界の中での”日本ランキング” (インフラ、経済状況、金融システムなどについて)
 を考え、自分の意見を伝える

という、なんともレベルが高そうな内容について、
英語で話す、否、話そうとするのです。

しかし当然ながら、
そして残念ながら、話せません。

そもそも簡単な英語すら出てこないのに、
日本語でも話をすることが難しい内容を、
どうやって英語で話せばよいのか。

しかも、周りの学びの仲間は、
英語力も高く、優秀なビジネスパーソン。

何か思いついたとしても、

「こんなくだらないことを聞いて、
 アホだと思われないだろうか?」

という想いがよぎり、
益々口が重くなり、しゃべれなくなるのです。

そして、狼狽しながら、
モゾモゾと「Yes」「Thank you」ばかり、
繰り返す私。
(とほほ)


■そんな中、休憩の時間になりました。

隣の席に座っていた、
英語力も非常に高く、聡明で、
鋭い質問を投げかける優秀な仲間の一人に、
気を紛らわす意味も含めて、話しかけます。

「いやあ、すごいですね。
どうやって、英語を身につけたんですか」

すると、彼は返す言葉の変わりに、
こんなアドバイスを言ってくれたのです。

『上手く喋ろうとすると、口が重くなるんですよ。

 簡単な言葉でいいし、
 失敗してもいいから、
 とりあえず話してみる。

 今でも、それを心がけています。

 紀藤さんも、それを繰り返していれば、
 きっと上手くなりますよ。』
と。

その話を聞いて、
はっとさせられると共に、
「ああ、確かにそうだよな」と
強く納得してしまいました。

そして、

”出来ないことに臨む際に、大切にすべき姿勢”

について、根本的なことに
気が付かされたような気がしました。


■ふと、思ったのです。

「出来ないくせに、
何様のつもりで上手くやろうと思っているのか」
と。

そもそも、自分はできないのです。

自分の能力を超えたことにチャレンジする際は、
特にそう。出来ないことが前提です。

ですから、チャレンジする立場の人間は、

【「上手くやろう」という発想自体が、愚の骨頂である】

ということなのです。

私の英語塾のチャレンジだって、
「出来ないことをできるようになりたい」から
始めたわけです。

だから、「上手くいく」なんてことは、ありえない。

むしろ、「上手くなる」ために、

『どれだけ多く、チャレンジできたか』
『どれだけ多く手を上げ、失敗したか』

が、「成長のバロメーター」になるはずなのです。

しかし、なぜでしょうか。

自尊心、プライド、失敗を恐れる気持ち、

そんなことから、
「まず、手を上げる」ということに対して、
腰が重くなっていた、

そんなことを感じさせられたのです。


■大人になると、

”全く歯が立たないこと”

というものが、
子供の頃に比べて減ります。

小さい頃は、何をやっても出来ませんでした。

自転車に乗ろうとしては転ぶ。
上手くやろうとしても、全然出来ない。

初めての水泳も、初めてのスケートも、
初めてのバスケットも、何もかも、出来ない。

だから、上手くいくことは、
むしろ珍しかった。

だからこそ、

「とりあえず失敗してもいいからやる」

が、基準だったように思います。

ですが、大きくなり、
出来ることが増えると、

「失敗するのが当たり前」

から、

「失敗するわけにはいかない」
「失敗はカッコ悪い」

へと、気持ちがかわり、
いつからか「チャレンジ」に対して、
腰が重くなってしまう、

そんなことが起こっているのではないだろうか、

とふと思ったのです。


■ですが、「上手くなる」ためには、
たくさん転ばなければ上手くなりません。

”今出来ないこと”にチャレンジするのであれば、
「上手くなる」ために、

『どれだけ多く、チャレンジできたか』
『どれだけ多く手を上げ、失敗したか』

このことこそに着目し、
注力していくことこそが、
自分を育てることになるのでしょう。

だからこそ、
何かに取り組むときは、

【「上手くやろう」という発想自体が、愚の骨頂である】

という想いで、

”「上手くやろう」でなく、
「どれだけ多くチャレンジできたか」”

のみを数え、自分を評価することが大事ではなかろうか、

そのように思った次第です。

どんどん、失敗していこう。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日も皆様にとって、素晴らしい1日となりますように。

【本日の名言】 あまり人生を重く見ず、
捨て身になって何事も一心になすべし。

福沢諭吉

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