「原則中心」という考え方
■おはようございます。紀藤です。
車いすテニスの国枝選手(世界ランキング1位)
がアジアパラリンピックで金メダルを獲得しました。
今まで興味がなかったものも、
自分がテニスを始めると、自然と目に入るのが不思議です。
■さて、今日のお話です。
「欲にキリなし」という話です。
今、もしお金をもってないとするよね。
もし、百万円あったら幸せになれると思うようね。
車を持っていない人は、自分は車を持っていないから不幸せなのだ。
車を持てば幸せになれると思うでしょ。
彼女がいない人は、彼女ができたら幸せになれると思う。
また、ある人は、今は借家だけど、マイホームが手に入ったら幸せになれると思っている。
つねに、今自分に足らないものを『これがあれば幸せになれる』と思っている人は、実は一生幸せは手に入らないんだよ。
なぜかというと、それは心の問題だから。
その人が、家を建てました、彼女が出来ました、お金も手に入れました。
みんな手に入れたのだから、幸せだよね。
でも、その人は絶対幸せになれない。
なぜなら、手に入れた瞬間から、次に足らないものを求め始めるから。
最初はとても貧乏だった、ある程度手に入れて中くらいになった、幸せでいいじゃないか。
これでいいじゃないかと思うけど、その人は、それらを手に入れたら、さらに上のものが欲しくなっちゃう。
『欲にキリなし、地獄に底なし』なんだよ。
幸せっていうのは、自分の心が決めるんだよ。
お金も必要かもしれない。
でも、『今、貧乏だから、お金を手に入れたら幸せになれる』と言う人は、お金を持っても幸せになれない。
『今、幸せだ』と思える人が、お金を持った時、さらなる幸せが手に入る。
幸せは、お金やものだけじゃないよ。
心が決めるんだよ。
斎藤一人
■この話をみて、そうだなあ、と思うと同時に、
「7つの習慣」の”第二の習慣 終わりを思い描くことから始める”
で語られていることを思い出しました。
コヴィー博士は「7つの習慣」において、
「自分の”中心”を【原則】に置くことが大事だ」
と伝えています。
私たちは多くの場合、人生の中心を、
「お金」「仕事」「所有物」「家族」「配偶者」
「娯楽」「友人・敵」「自己」
など、どれかに偏って置きがちです。
もちろんどれも大切な項目。
しかしながら、どれかに偏った状態では、
真の意味で実りある効果的な人生にすることが難しくなる、とのこと。
■先の話と絡めて考えてみると、確かに
「”自分がこだわっている何か”が得られれば、きっと幸せになるはずだ」
と、どこかで考えていることが一般的なのだと思います。
ただ、コヴィー博士が言うように、
どれにもとらわれず、
「誠実であること」
「勇気を持って行動すること」
「謙虚さを知ること」
などなど、コヴィー博士が「原則」とする、
今の”あり方”に注目していられたら、
別の視点での”幸せの基準”を
考えることできるのかもしれませんね。
非常に、難しいことですけれども
一つの考えとして思った次第です。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
今日が皆様にとって、素晴らしい一日になりますように。