リーダーとは「母親」である
(本日のお話 1952文字/読了時間2分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は3件のアポイント。
ならびに夜は、サムライ塾のミーティング。
zoomというウェブ会議システムが便利で、
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あと5年後には、こういったものが更に当たり前になるのでしょうね。
*
さて、本日のお話です。
ここ1年くらい、
「リーダーとは何か?」ということを、
常々考え続けています。
そんな中、先週末に参加した
「サムライ塾」の合宿にて仲間が語っていた
「リーダーとは?」の考えが、
共感、納得するものでしたので、皆様にご共有したいと思います。。
タイトルは、
【リーダーとは「母親」である】。
それでは、どうぞ。
■「リーダーシップ」、一言でいっても、
それが表す意味は、色々です。
そして、「リーダー」のあり方も、
一つではなく、実に様々なものです。
歴史で言えば、
ジャンヌダルク、ナポレオンのように、
圧倒的なカリスマ性と強さを持って、導くリーダーもいれば、
また、江戸時代の米沢藩 藩主の上杉鷹山のように、
貧困の藩を救うために、自らも綿しか着ない、誰よりも質素にし、
民の模範となり、謙虚であり、民のために涙するリーダーもいます。
少し前に話題になった、
世界一貧乏な大統領として有名な、ウルグアイの大統領 ホセ・ムヒカ氏も、
そんなリーダーでしょう。
その他、ガンジー、リンカーン、マザー・テレサ、キング牧師、
吉田松陰、坂本龍馬、、、
色々なリーダーを考えても、そのタイプは、
一つとして同じものはないように思います。
■そんな中、私が学んでいる「サムライ塾」の仲間が、
「リーダー」について、こんな話をしていました。
それが、
「リーダーとは母親であると思う」
という話でした。
リーダーというと、ぱっと思いつくのが、
父親的、圧倒的な強さを持つリーダーです。
特に、危機的状況、変革を求められる時は、
時には無慈悲とも思える、厳しく、強いリーダーシップが必要。
かの有名な日産の復活もゴーン氏の登場がなければ、
当時、V字回復はありえませんでした。
いわば、「父親的リーダー」とでも言えるでしょう。
*
しかし、同時に、父親的にグイグイ引っ張っていくだけでなく、
「人を育てる」
「部下の力を引き出す」
「部下を支え、信頼する」
という、リーダーシップの形も、
確かに存在します。
それは、自分が目立たないかもしれない。
しかし、日陰で模範となり、
誰かの力を伸ばし、活かすことができる。
人と人を繋げ、自らは進んで歯車となれる。
そして、
『誰かの心に火を灯す』
ことを、人知れず次々に行なっていく。
そして、人々が自立する手助けをし、
夢や目標を持つ人たちを生み出して行く。
言うなれば、
【母親的なリーダーシップ】
が確かに存在している、と思うのです。
■母親とは、ある意味、
寂しい瞬間が待っているかもしれません。
(私は母親になったことがないのでわかりませんが)
ツバメの雛が、最初は餌を運び、
次第に大きくなり、いずれ巣を離れ、
1人、旅立って行くように、
自らの元に集まった人が大きく育ち、
自立し、自分の道を突き進んで行くことは、
ある意味、少しの寂しさもあるかもしれません。
でも、そういった人たちを次々に生み出していき、
「この人(=リーダー)と会えてよかった」
「この人(=リーダー)に自信と生き方を教えてもらった」
そう、目立たずながら、
密かにつぶやかれるリーダーも、
素晴らしく立派で、美しく、魅力的である、
と私は思うのです。
そして、それこそが、
「母親的なリーダーシップ」
ではないか、と思うし、
とても“日本的”だな、とも思うのです。
自分が目指すリーダーとは、どんな姿なのか。
そんなことを考えることも、
大切な問いではなかろうか、
と思った次第です。