「知り続けた、学び続けた先」に見える世界
(本日のお話 1654文字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。
昨日は2件のアポイント。
並びに夜は「サムライ塾」の代表、先輩と共に、
某有名大学の教授でもある方と、会食。
全く知らない世界に触れ、
エネルギーの固まりのような人々に接し、
唖然としっぱなしの4時間でした。
本当に、世の中は知らないことだらけ。
あまりにも未知すぎることに触れると、
自分の頭ではどう言い表したらよいかすら、わからなくなる。
(ここではお伝えできない話ばかりです)
そんなことをただただ、感じた次第です。
*
さて、本日のお話です。
最近、世界の歴史や、
覇権争い、宗教に戦争、
色んな事実を見聞きし、知るにつれて、
「人とはいかに愚かなものであるか」
ということを、感じることが、
多くなっているように思います。
しかしながら、結局それが人だし、
その先に待っている世界は捨てたものではない、
だからこそ、人は、学び続けるべきだ、
当時に、そんな事も考える今日この頃。
そんな中、とある一枚のインターネットの記事
「知ることの価値」
を表していると感じました。
今日はそのことについて、
皆様にご共有させていただきたいと思います。
タイトルは、
【「知り続けた、学び続けた先」に見える世界】。
それでは、どうぞ。
■昨日お話をした2人。
サムライ塾の代表、
そして、大学教授であり天才と称される
”知の巨人“のような方との対話。
私が師と仰ぎ、賢人と思っているお二方です。
この2人の、私にとってはレベルが高すぎる話、
しかし2人にとっては「当たり前である」という話を聞きつつ、
とある「画」を思い出しました。
それは、
“「本を読んだ量」と「見える世界」の関係を表した風刺画”
と言われる1枚の絵です。
まず、何も知らない状態。
本も読んでいない状態。
そんな子供のような状態では、
世界は母の愛に守られた、
お花畑のようなイメージ。
しかし、大きくなり、本を読み、
世界の成り立ち、歴史を知ると、見える世界が変わります。
そこには「侵略の歴史」であり
「戦争の歴史」であり、キレイな話よりも、
生々しく、暴力や死を感じさせられる出来事のほうが
圧倒的に多いように見える。
それが、このような風刺画で描かれているのです。
『本を読んで、世界を“ある程度”知ったとき、見える世界』
最初はお花畑。
でも、世の道理を知りつつあると、
荒廃した、暗闇の世界。
昨日の2人の話でも、
非常に残酷、野蛮な人たちが作ってきた歴史の話が、
これでもかというほど出てきました。
■しかし、話をもっと掘り下げていくと、
別のものが見えてくる。
それは、少しオカルト的な話に聞こえるかもしれません。
しかし、数学でも、物理でも、医学でも、哲学でも、
何かしら追求をしていくと、その先に見えるのは、
「偉大なる論理」
「人知を超えた存在」
のようなものを認めざるを得ない、
結局はそんな話になる。
私には、到底理解できない話ですが、
「この人は普通ではない(良い意味で)」
と感じる人は、皆口を揃えて、大いなる存在のごとき話をされるのです。
(私も、そのことは信じています)
■知らない世界は、
“何となく感じること”
しかできません。
先ほどの
『本を読んで、世界を“ある程度”知ったとき、見える世界」
のごとき風刺画は「暗黒世界」ではあるものの、
その先に進み、もっともっと世界の理を見ていくと、
最終的にはこんな「風刺画」が表現されます。
それは、こんな「画」です。
『本を読み、世界の”全体”を知ったとき、見える世界』
開いて見ていただくとわかりますが、
暗闇を、混沌を、荒廃を突き抜けて、
その先には、美しき、愛情に溢れた世界が広がっているのです。
■「電波」が見えずとも、そこに存在し
誰もが影響を受けているように、
“存在しているけれども見えない世界”
というものは、現に存在しています。
凡人がそのことを想像しても、
見えること、語れることは薄く、
軽い話になるかもしれません。
ですが、世に影響を与えている偉人、賢人、
何か別世界の雰囲気を醸し出している方は、
確かに、何かが見えている様子であることは、
疑いようがありません。
世界は、広く、深いものです。
その深みを知るだけでも、
自分の見ている世界、体験している世界は、
ごくごくわずかであることを感じるだけでも、
もっと知りたい、学びたいと思う気持ちが、
湧き上がって来たりするもの。
広い世の中からすれば、
一個人が何を知り、学んでも、
それはごくごく小さい一歩かもしれません。
それでも、「ひと隅を照らす」ことができれば、
世に、社会に貢献できる、
そんなことを感じます。
何だか哲学的な話になってしまいましたが、
「物事を知り、視点を拡げ、
世界を知ることは大切である」
そんなことを、強く、強く感じた次第です。