「感情」は理論を凌駕する
(本日のお話/1435文字 読了時間2分)
■おはようございます。紀藤です。
昨日は4件のアポイント。
先月、某製薬会社のMRの管理職の皆さまを対象に行った
リーダー研修「第8の習慣」の振り返りなどでした。
また夜は、現在個人的に通っている私塾にて、
来週末に控えたプレゼン発表の準備のため、
仲間と集まり模擬練習など。
何かとばたばたしている師走です。
*
さて、早速ですが本日のお話です。
最近よくよく思うのですが、
「物事を伝える」ときに、
”ロジック”はもちろん大事なものの、
”伝えることに関する想い”も、
それ以上に大事である、
と感じています。
本日は、ちょっと前に聞いた、
とある有名人の話を引用しつつ、
「感情は理論を凌駕する」
というお話について、
思うところをご共有させていただきたいと思います。
それでは、どうぞ。
■以前、マツコ・デラックスが出ていた、
何かの深夜の番組で、
「口ゲンカ」
をテーマに、彼(彼女?)が
こんな話をしていました。
「ケンカで理詰めで来る人がいるわよね。
私は理論的じゃないから、
そういう人理詰めみたいなことされると、
イラっとするのよね。
でも、スゴい理論・理屈で来ても、
『圧倒的な感情』があれば、
押し切れるものよね。
というか、理論を感情で打ち破りたいわよね。
「イヤなもんはイヤ!」って(笑)」
そんな話でした。
(詳細は違っているかもしれませんが、
そんなイメージの話です)
■私も営業をする中で、
しばしば思うことがあります。
それはプレゼンの場面、
すなわち、”何かこちらの考えを伝える”ときのこと。
言っていることは、
ちょっとロジックがおかしかったり、
ストーリーが整っていなかったり、
理論・理屈が弱いとき。
(まあ、ダメなのですが 汗)
しかしながら、
その”理論・理屈”について多少の不足点があっても、
それ以上に、
「絶対、私の提案は役に立つ!」
と、心から強く思っている。
そんなときは、
不思議と伝わる、
そう感じるのです。
■感情>理論。
このことを表す、
面白い話があります。
それは、漢字の成り立ちのお話です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<知動・理動・感動のたとえ>
「知動」という言葉はない。
人は、何かを「知って」も動けない。
知識をいくら装填しても、それで、
「やろう!」と動かされることはないから。
「理動」という言葉もない。
「こうすべきだ」「こうしなければならない」と、
いくら理論や理屈を並べても、それだけでは、
「やろう!」と動く気にならない。
しかし、
「感動」という言葉は、ある。
何か人を動かすのか。
それは、「感情」である。
知識や理屈も大事。
しかし、結局は、心、すなわち感情が動き、
「こうしたい!」と強く思ったとき、感じた時に、
人は初めて動くことができる。
だから、感じて動く
『感動』という言葉だけが、
存在しているのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こんなお話でした。
■知って動く「知動」はない。
理屈で動く「理動」はない。
感じて動く「感動」という言葉だけがある。
これは、先程お伝えした、
・マツコ・デラックスの「感情で押し切る話」、
・私の営業での「理論が弱くとも想いで伝わる話」、
これらのことと
共通しているように思ったのです。
人は感情の生き物です。
だからこそ、
「感情が理論を凌駕する」
ということが起こるのでしょう。
「7つの習慣」でも、
人は目に見える
”能力面”だけでなく、
その人の持つ
”意図や誠実さ”を人は感じ取る
そんな話をしています。
想いは伝わるし、
想いがあるからこそ、人は動かせる。
そのことを、
改めて認識しておく事が必要なのだろう、
そのように思った次第です。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
今日も皆さまにとって素晴らしい1日になりますように。