批判に耐える人 vs 批判を活かす人
■おはようございます。紀藤です。
千葉県柏市に来ています。
「7つの習慣」のCFW(社内ファシリテーター養成コース)が
今週の月~金の5日間にわたって柏市のホテルで行われており、
そこに昨日から私も同席しております。
この「講師養成コース」を受けられた方は、
ご自身が「7つの習慣」の社内講師、として
会社に戻られた後、登壇されます。
今回は10名の受講者が参加されました。
なぜ「7つの習慣」の講師養成コースに参加されることになったのかは、
人それぞれですが、皆さま共通して非常に熱く
「少しでもよい講師になろう」
という想いを持って参加されており、
私自身非常に刺激を受けました。
今日はそんな参加者の皆様から感じた学びを一つ、
ご共有したいと思います。
■さて、この5日間の養成コースは、
自分自身が参加者の前で講師として実際にセミナーを進める、
という実戦形式で行います。
流れとしては、
・実際にセミナーを進める
↓
・それを受講した別の参加者・講師陣がフィードバックをする、
↓
・フィードバックを受け止め、改善をしていく、
というプロセスです。
全員真剣。
時に非常に厳しい意見も出ます。
「ストーリーが出来ていなくて、何を言いたいのか伝わらない。」
「映像の時に電気を消し忘れるのは致命的。」
「あの途中のワークに何の意味があったのか?」
「声の表情が乏しく、セミナーが冗長的だった。」
「質問の仕方や、指示の仕方が曖昧で、混乱する。」
などなど。
(私だったらヘコむなあ、と思いながら聞いておりました)
仮にも自分が一生懸命準備をしたことを
一度に大勢の参加者から、
率直に・具体的にフィードバックされることは、
何だかんだ言って、結構堪えるもの。
それが、「自分のため」だとしても、
なかなか受け止めることが出来ない人もいるでしょう。
しかしながら参加者の方は皆、
その辛辣な意見を受け止め、
そして次に活かし、5日間を通してどんどん成長していきました。
■最近、私が企業を回っていて、
人事の担当者様からしばしば聞くことが、
(特に若手において)
「批判に慣れていない、批判に耐えられない」
というお悩みを聞くことがあります。
これは、「今まで否定された経験がないから」、とか
「個性主義・ゆとり教育の弊害だ」とか様々な言われ方をしますが、
私が思う一つの大きい理由として、
「自分がどこを目指しているのかが不明瞭だから」
ではないかと、
今回の養成コースに参加しながら、
ふと思ったのです。
■「7つの習慣」において、
「第二の習慣 終わりを思い描くことから始める」
という自分自身のビジョンの習慣の大切さを述べています。
短期的視点から、長期的視点で考えると、
日々の行動の優先順位が変わります。
例えば、
「自分がこうありたい、こうなるのだ」
と頭の中で想い描く人は、長期的視点で物事を判断します。
つまり批判や厳しいことに関しても、
「自分のゴールに近づく意見だ。真剣に受け止め、活かそう」
と前向きに考えることができるでしょう。
逆に「特にどうなりたいわけでもない」と今のことしか頭になく、
短期的視点しか持たないと、「今の感情」で判断しがちになります。
批判や厳しい事を言われると
「何でそんなこと言われなきゃいけないんだ!」とか
「自分と彼の考え方は違う。受け流しておこう。言わしておこう」
と、批判を受け止められなかったり、
批判に無理に耐えるだけ(活かせない)
という状態になってしまうのではないでしょうか。
■今回「7つの習慣」の養成コースに参加された方は皆、
「良い講師になる」
という視点を持っていました。
むしろ、それ以上に高い目的、
「7つの習慣を通じてとして、社員を変えたい」
「この体験を自分の人生に活かしたい」
という長期的視点を持っている方ばかりでした。
ですから、人によっては「批判」とも見てしまいがちな、
厳しいフィードバックも受け止め、活かし、
自分の血肉にできたのではないか、
と思えるのです。
私達も、日々行動をしていれば、
様々な意見・批判にさらされることが多いもの。
そんな中でも私達の人生は、短いようで長く、
これからも続いていくでしょう。
だからこそ、日々の出来事に関して、長期的視点で考え、
どのように受け止めるのが自分にとってベストなのかを考えることで、
日々前進、日々改善で、今よりも可能性に溢れた自分を目指すのがよいのではないか、
と思う次第です。
(とにもかくにもCFWコースに参加された皆さま、本当にお疲れ様でした!)
■今日のお話は、
・7つの習慣 講師養成コースが行われた。
真剣に取り組まれている方ばかりで、
厳しいフィードバックも自分の血肉に変えていく。
・反面「批判を受け止められない」という人もいる。
・この違いの一つとして
長期的視点でいるか、はたまた短期詩的視点でいるのか、
という見方ができるのではないか。
・長期的視点で考えると、批判に対しても、一つのプロセスと
みなすことができだろう。
短期的視点で考えると、批判された、という事実に
反応的になってしまうかもしれない。
・私たちの人生は短いようで長い。
であるならば、長期的視点でどのように日々の出来事を
受け止めるのがベストなのかを考え続けることが大切なのでは。
という内容でした。
今日も皆様にとって良い一日になりますように。