「世間は狭い」と感じ始めたら、そろそろ外に出るタイミングかもしれない
(本日のお話 1518字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。
昨日、思いつきの「コーチング勉強会」を告知いたしましたが、
早速、定員に至りました。
お申込み頂いた皆さま、お付き合い頂きありがとうございます!
また、昨日は1件のランチミーティング。
その他は研修の企画、夜はコーチングの練習セッションでした。
*
さて、本日のお話です。
先日、以前から何かとご縁をいただいている
日経ビジネスの編集部の方と、ランチをご一緒させて頂きました。
(Nさん、ありがとうございました!)
その時間の中で、改めて
「自分の領域外の人と会うこと」の大切さを感じましたので
本日はその気づきを、皆様にご共有させていただきたいと思います。
タイトルは、
【「世間は狭い」と感じ始めたら、そろそろ外に出るタイミングかもしれない】
それでは、どうぞ。
■facebookなどをやっていて、
ある程度お知り合いが増えてきた時に起こる現象として
「友達申請」をし合ったとき、
「ああ、◯◯さんもお友達なんですね!」
と共通の友人が見つかる、
という現象がしばしば起こります。
そんなとき、
「いやはや、世間は狭いものだなあ」
などとつぶやいてしまう。
私にはそんなことが結構あるのですが、
皆さまはいかがでしょうか。
■先日、世代とやっている仕事も違う、
ビジネス書籍の編集に携わる人生の先輩と語っていて、
「へー、出版業界ってそうなんだ」
と、私自身”人材領域”の方と違う刺激を頂きましたし、
同時に、編集の方からは
「若者がシェアハウスで住む(私が昔住んでいた)って、
そんな世界があるんですね」
というリアクションがあり、
”住んでいる世界が違う”ゆえの、
気づきや刺激を受けた、そんな時間でした。
それは、
「業界、年代などが違い、”当たり前が違うから”」
ゆえに起こった小さな化学反応のようなものなのでしょう。
■普段、私達は「自分の価値観」(趣味・趣向など含む)に
軸足を置いて、活動範囲を決めています。
例えば私(紀藤)の場合だと、
組織開発、人材開発系の会合に足を運ぶことが多いです。
すると、”近からずも遠からず”の、
大体同じような価値観の人たちが集まっています。
「外に出ている」から視野が広がっている気がする。
でも、それは「自分の価値観の領域の範囲内」で広がっているのです。
つまり、”外に出ているようで、出きっていない”。
これまた事実かもしれない、と思ったわけです。
■しかし、
『自分に変化をもたらしてくれるパラダイムシフト』
(ものの見方の変化)
とは、「そんな人いるのか!」という、
自分との落差によって生まれます。
学生から社会人になった時、大いなる衝撃を受け、
「まるで住む世界が違う」と感じたときは、
居心地の悪さも感じますが同時に、飛躍のステップにもなりえます。
しかし、大人にあり、安定飛行になると、
同一のコミュニティーだけでなんとかなるし、
居心地もいいし、それが世界の全てになりがち。
でも、世界全体を100としたときに、
冷静に自分の住んでいる場所が、本当に100かと言えば、
業界、価値観、お金の使い方、周りの知人の傾向、
保守的・先進的、ルール、当たり前の考え、、、
などを加味していくと、
いくら友達が多かろうが、視野が広かろうが、
「全体のなかの1」にも満たない世界で生きている。
これが現実だと思うし、実際そうだと思うのです。
■ゆえに、もし「世間は狭いよなあ」と感じ始めているのであれば
「自分の視野が固定化されている兆候」なのかもしれないし、
であれば、新たな刺激で自分に”揺さぶり”をかけることが、
まだ見ぬ可能性を知るきっかけになるのかもしれない、
そんなことを思ったのでした。
知らないことはまだまだあるはず。
「世間」は、思ったより広いはずです。
ゆえに、
【「世間は狭い」と感じ始めたら、そろそろ外に出るタイミングかもしれない】
そんな事を思う次第です。
今日は短めに。
そして、自戒を込めて。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
本日も皆さまにとって、素晴らしい1日となりますように。
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<本日の名言>
人をその好むところをもって、真実とするなり。
デモステネス(古代ギリシャの弁論家/BC384~322)
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