今週の一冊『そうか、もう君はいないのか』
(本日のお話 2318字/読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。
昨日は終日、毎月参加している
オンラインでの勉強会の参加でした。
またその後、夜からは
システムコーチングの仲間と
ZOOMを使ったミーティング1件。
*
さて、早速ですが本日のお話です。
毎週日曜日は、オススメの一冊をご紹介する
「今週の一冊」のコーナー。
今週の一冊は、
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『そうか、もう君はいないのか』(新潮文庫)
城山 三郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4101133344/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_l3NKEb3N93M5K
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です。
■先読み終わりましたが、
涙しすぎて、頭が痛いです。。。
先日、ある勉強会に参加した際に
私が師と仰ぐ鮒谷さんという方に、
最近、想像しては頭から離れない
ある”不安”について、質問を投げかけてみました。
それは、
「”究極のまさか”が起こった時に、
どのような心持ちでいればよいのだろうか?」
という素朴な質問。
答えなどわかりようもない、
と思いながら。
■今回のコロナも「まさか」ですが、
もし「究極のまさか」と
呼べるものがあるとするならば
1、自分自身の喪失(=半身不随になる等)
あるいは、
2,かけがえのない人との別離(=家族、パートナーの喪失)
だと以前より、思っています。
もし、そういった事が
自身の身に起こったのであれば、
半身をもがれる状態になるのは必須、
場合によっては廃人のごとくなる可能性も
ありえると思っています。
私の場合は、公私ともに支えてくれている、妻。
(365日毎日欠かさず書いているメルマガが、
もし今後途切れることがあるとすれば、
上記のいずれかが起こった場合だと思われます)
■そんなことは起こってほしくない。
でも、起きる可能性はあるし、
可能性どころではなく、
生き続けてさえいれば必ず
誰にも訪れるであろう不可避のことです。
それがわかっているからこそ、
”その時”が来た時に、どう向き合えばよいのか?
それを考えておきたい、、、
少しでもダメージを減らしたい。
そんなことを、こんな時だからでしょうか。
思っておりました。
■そんな中で、先述の鮒谷さんが
伝えてくれたお話が、以下のような話でした。
「日経新聞の「私の履歴書」をはじめ、
多くのの自叙伝など見ていくと、
人生は喪失していくものであると思わざるを得ないです。
ゆえに、人生を一言でいうならば「アイ」。
それは「愛」でなく、『哀』のほうです。
人生は哀しいものである、と思う。
だからセイフティネットは設けられない。
ただ敢えて言うのであれば、
「これが最後かもしれない」と思い、
1日を生きることかもしれない」
というようなお話でした。
そして同時に、そのことを感じさせてくれる一冊として
(特に私が妻に支えられていることを知っていただいているので)
今回ご紹介の、
『そうか、もう君はいないのか』
を教えていただいたのでした。
■そして早朝、
布団に入りながら読んていたのですが、、、。
感情移入しすぎて、その状況想像し、
また隣で寝ている妻の寝息を感じつつ、
枕をひたすらに濡らしていたのでした。
、、、なんとも言えない気持ちになりました。
■大切な人との別れは、
必ずどこかでやってくる。
それは紛れもない事実で、
どこかで受け入れないといけないこと。
でも、本当は受け入れたくないし、
受け止めたくもない、あるいは
自分が死ぬまで受け入れることはできないのかも、
と思います。
ただ、「今、現実にはそばにいない」という事実とともに、
一緒に心の中で寄り添い続けていく。
その苦しさを感じながら、
あたたかくて、切ない気持ちを感じていました。
同時に、もしその時がいつ来たとしても、
現実では後悔はしないように、
精一杯感謝と愛情を伝え続けたい
ただ、そう思わされました。
■話が前後してしまいましたが、本書は、
経済小説、歴史小説として有名な城山三郎氏が、
晩年連れ添っていた妻について語った著書です。
*
妻との馴れ初め。
当時高校生の妻と、大学生の城山氏。
偶然の出会いで5分、いや3分違っていたら
出会わなかったはずの2人。
休館の図書館で偶然出会った時に、
妻を初めて見た作家になる前の城山氏は、
「天から降りてきた妖精のようだった」と語りました。
その瞬間、おそらくお互い恋に落ちたのですが、
その時は、天は2人を結び付けさせてはくれません。
周囲からの反対により、
「二度と会えない」ということで
お互いが離れていきます。
■しかし、偶然の出会いにより2人は再会。
そして、瞬く間に2人は結ばれ、
それから、約50年近く連れ添っていきます。
その間に共に過ごした旅行。
長男、次女の誕生。
仕事の終わりに、外で一緒に過ごした夕食。
何気ない一瞬一瞬が、淡々と、でも鮮やかに描かれます。
病気がわかっても、
いつも明るく過ごしていた妻。
その表情すら、想像してしまいます。
そのワンシーンワンシーンが、
あたたかくて、愛情が伝わるほどに、
その後の続く哀しさに読んでいるだけで、
身が削られるような思いがします。
この話については、ご興味がある方は、
ぜひ読んでみて、体感いただければと思います。
■いつか来るのであろう別れと
その時に後悔しないためにも、
私自身、考えたくないけれど、
今を大切にするために、
真剣に向き合っていきたいテーマだな、
そう感じさせられました。
以下本書の紹介です。
(ここから)
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経済小説・歴史小説を牽引してきた作家が、先立った妻を偲び綴っていた原稿。
書評、マスコミ等々で大きな話題を呼んだ「鎮魂の書」。
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彼女はもういないのかと、ときおり不思議な気分に襲われる──。
気骨ある男たちを主人公に、数多くの経済小説、歴史小説を生みだしてきた作家が、
最後に書き綴っていたのは、亡き妻とのふかい絆の記録だった。
終戦から間もない若き日の出会い、
大学講師をしながら作家を志す夫とそれを見守る妻がともに家庭を築く日々、
そして病いによる別れ……。
没後に発見された感動、感涙の手記。
※引用:『そうか、もう君はいないのか』(新潮文庫) Amazon本の内容紹介より
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このような哀しみを抱えて生きている人が
この日本で、世界で、たくさんたくさんいるということで、
そういった見えない哀しみを抱えながら
共に生きている人がいるだろう、というだけで、
そういったご経験をされてきた多くの方々への
愛情とも尊敬とも言えぬ、敬意の念も覚えております。
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<今週の一冊>
『そうか、もう君はいないのか』(新潮文庫)
城山 三郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4101133344/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_l3NKEb3N93M5K
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