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2287号 2020年5月25日

緊急事態宣言解除後の、「管理職が安易に言ってはいけないこと」を考えた

(本日のお話 2356字/読了時間4分)

■こんにちは。紀藤です。

昨日日曜日は、研修の企画。
並びに1件のミーティングでした。



さて、ホットなニュースですが
緊急事態宣言が解除されましたね。

そんな最中(今日の話です)、
マネジメントの専門家として活躍している、
コンサルタントの友人と、ある話で盛り上がりました。

今日はその話について、
皆様にご共有させていただきたいと思います。

タイトルは、

【緊急事態宣言解除後の、「管理職が安易に言ってはいけないこと」を考えた】

それでは、どうぞ。

■私の尊敬するコンサルタントで、
ドラッカーマネジメントの専門家である方と、
ある研修について打ち合わせをしていました。

その中で、脇道にそれつつ
「コロナ禍に関連する働き方のあれこれ」について、
色々と情報交換をしていました。

その話の中で、まさしくそうだな、
と思ったお話があります。

■それが、緊急事態宣言後(=在宅から出社の流れ)において、

”「これを管理職が安易に言ったら、部下からの信頼を失う」という言葉”
という話でした。

その言葉とは、

「この会議、オンラインでいいんじゃないですか?」
という問いがあったときに、ただ何も考えずに

”『、、、いやあ、俺もそう思うんだけどさぁ、会社の方針が”集まる”だからね』
とただ盲目的に回答する”

という管理職の言葉。

、、、これが、特に優秀な部下から、
失望される”言ってはならない禁句”ではなかろうか、

と言う話で盛り上がったのでした。

■でも、意外といってしまいそうですよね?

しかも、そこまで「言ってはいけない」とも思えない
ある意味、普通に思える言葉かもしれません。

、、、ただ人は「ものの見方」が大きく変わると、
今まで疑問に思わなかったことが、

「なんで今まで、こんな事に気づかなかったのだろう」

と、以前とまるで違って
世界が見えるようになったりするものです。

■例えば、3ヶ月前だったら、管理職が

「”集まる”のが会社の方針だからさあ」

と言われても、

周りもそうだし、
それが会社のルールであるのも事実だし、
まあ、そうですよね、、、

となっていたかと思われます。

しかし、この3ヶ月間で、

・在宅勤務の生産性とは
・対面のコミュニケーションの価値とは
・会社に行く意味とは何か

、、、という疑問が

新聞でもニュースでも、
ネットメディアでも、
ありとあらゆるところで騒がれました。

おそらく、
真面目に仕事を考える誰もが、
上記の疑問を持ったはず。

(、、、かなと思いますが、いかがでしょう?)

■そんな中で、その部署を牽引する管理職が

ただ何も考えずに

『、、、いやあ、俺もそう思うんだけどさぁ、会社の方針が”集まる”だからね』
と、ただただ盲目的に回答する”

としたら、どうでしょう。

おそらく、ですが

「あれ、この人、今回の件を通じて、
何も考えてないのではないか?」
「あれ、この人の下で働いていて、
本当に大丈夫だろうか?」

と考える部下がいてもおかしくないのでは、と思うわけです。
(特に優秀な部下ならそう思うでしょう)

、、、もう前提が違うのです。

ゆえに、管理職から
3ヶ月前に同じセリフを聞いたときと、
今聞いたときの失望感はかなり違うのではないかと。

■在宅勤務を、今回しっかり経験された方であれば
お感じになられたかと思いますが、

最初に在宅勤務で仕事をし始めた頃は

「そこはかとない罪悪感を感じた」

という方も、
少なくなかったのではないかと思います。

・朝9時に出社しなくていい。
・月曜日の8時のミーティングに参加しなくていい。
・事あるごとに会社に行かなくていい。

、、、私も、起業した1〜2ヶ月くらい、
不思議な罪悪感を覚えていました。

「朝8時のミーティングの義務を果たしてこそ仕事である」
「満員電車の苦行を経てこそ、出社である」

という感覚が、
長年の会社務めで刷り込まれていたため、
起業して1〜2ヶ月の間は、なんとなく罪悪感を覚えて
なんとなしに朝8時にオフィスに出勤して、
規則正しく働く、ということをやっていました。

その苦痛がないと、
働いていることにならない、
と言わんばかりに。

(でも、本当です)

■でも、慣れてくると、
「まあ、これでもいいのかな」と思い始めます。

別にオフィスに行こうが行くまいが、いいだろう。

結局、「集中している質の高い時間」を
1日のうちでどれだけで持てているかが
生産性を決めているに過ぎない。

それに気づいてから、オフィスは
「必要に活用するもの」と考え方が変わりました。

そして、「苦行」をあえてせず、
満員電車には乗らないようにして、心健やかになりました。

そして今回、私のような感覚と同じでなくとも、
近しいことを感じ、そして働き方を問うているのが、
今回のコロナ禍の一連の流れであろう、、、
私は感じています。

■ゆえに、

「なぜ、わざわざ会議のために会社に行くのか?」
「リモートでやった方が、前後の時間をうまく使えるし、いいのではないか?」

多くの人の中にこの感覚が
確信を持って刻まれた今、
そんな内面を丸無視のごとく、

何も考えずに

『、、、いやあ、俺もそう思うんだけどさぁ、会社の方針が”集まる”だからね』

と、管理職が回答したとしたら、

今回の一連のコロナ禍の
”働きかけに対する問いかけ”を何も受け取っていない、
あるいは、普段から考えていないことを露呈する

「自分は何も学んでない管理職です」

と表明していることにもなる、、、
とも思うわけです。

■では、そんな中、何が必要か?

それは

【「問い」を立てる力】

でしょう。

ここに集約されると思われます。

以前からも言われていましたが、

「この会議は何のためにやっているのか?」
「このルールは何を生み出すためのルールなのか?」
「対面で合うことでどんな価値を作りたいのか?」

そんな、今まで当たり前だったこと、
日常何気なくやっていることを、自分の中で

「これはどういう意味があるのか?」と深く考える力。

それが【「問い」を立てる力】であり
変化の時代に、新しいルールを作る力でしょう。

そしてそれはすなわち、

時代の流れについていくか淘汰されるかを分かつ
分水嶺になるかと思います。

だからこそこういった明らかな変化の時こそ、
「問いを立てること」を改めて考える必要がある

そんなことを思う次第です。

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<本日の名言>

ただ傍観して、不平を言っていてはいけません。
あなたがたは「誰か」が行動を起こすのを待っているのでしょうか。
行動を起こさなければならないのは、まさに、あなたがた自身なのです。

ワンガリ・マータイ(ケニアの環境保護活動家/1940-2011)

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